「やっぱりね。シカマルは知っても知らなくても何もしないと思ってたよ」
隣を歩くチョウジが満足げに頷く。これについて一対一で話したのは初めてだった気がするが、相当長い付き合いのこいつには俺のスタンスなんてとっくのとうにお見通しだったらしく、考えを話すとすぐさま予想通りとの返事が返ってきた。さすがだなと思いながら少し笑みを零す。「でもいのに言ったらぶん殴られるから黙ってた方がいいよ」チョウジの愉快そうな台詞に首を傾げたが、なんとなく察して、おう、と苦笑いで頷いた。 の気持ちとやらを知ってからも特に何かを変えることはなく、彼女とはこれまで通りに接していた。任務やら事務仕事やらで忙しくなっていく日常だったが、これについては何の不満もなく概ね平和に過ごしていた。 夕日が沈みかけている。チョウジとはついさっき火影様に呼ばれた際、そこで偶然会ったのだ。用件はそれぞれ違ったが、そそくさと先に帰るような仲でもないので火影様の話が終わったあと帰り道を共にしていた。ぼんやりと正面の太陽を眺めながら歩いていると、チョウジがこちらを向いたのがわかった。それを目だけで確認する。 「いのからの話聞いてると、ってなかなかめんどくさいよね」 「そーか?」 「うん。でもめんどくさいって思わないのは、シカマルがをすごく気に入ってるからなんだろうね」 「……」 タイミングよく短い橋に着き、二人同時に立ち止まる。ここは正門近くの分かれ道で、チョウジはこのまま先ほど命ぜられた任務に向かう。俺は火影様から渡された資料を読むため直帰するつもりだった。 のんびりとした物言いでにこにこと人のいい笑みを浮かべているチョウジとは反対に、俺は心臓を中心に広がっていく波紋のようなものを感じていた。動揺は表に出すまいと努めるが、きっとこいつのことだからバレてるんだろう。そんな俺を見てチョウジは表情をそのままにして付け足した。 「あとシカマルもめんどくさいよね」 「それじゃあばいばい」踵を返したチョウジはそう、随分見事な捨て台詞を残して去って行った。…なんなんだよ。呆気にとられた俺はしばらく一人で突っ立っていた。 「シカマルー!」 チョウジの後ろ姿が見えなくなってすぐ、名前を呼ばれた。振り返り、予想通りのが駆けてくるのをぼんやり見ていた。何かの本を持っているのに気付いたが、それに触れる前に彼女が切り出した。 「あのさ、今日ひま?」 「あ?なんで」 「ほら、前話してたやつ。六人でご飯行こうって」 「ああ…」 自分といくらか身長差のあるを見下ろす。このとき既に動揺はほとんど失せていたが、どうしてだか思考は鈍っているようだった。六人で飯、こないだ言ってたやつか。資料の把握はべつに急ぎではない。から俺は構わない。けど今日はどうせチョウジが留守だ。だからそもそも今日決行は叶わない。そんな結論に辿り着くのすら時間が掛かった。頭にもやがかかったように不自由だ。言葉を構築するのにも手間取っている俺を見て不審に思ったのか、彼女は目をぱちくりと瞬かせた。 「どうかしたの?」 「……チョウジにめんどくせーって言われた」 心臓に投げ込まれた石はチョウジの台詞だ。けれど自分で言っておきながら、なんだかガキが言いつけてるような言い方をした気がして目を逸らす。…ダセーな俺。しかしそうとは受け取らなかったのだろう、は再び目を瞬かせると、それから少し困ったように首を傾げた。 「シカマルがめんどくさがりなのは知ってるけど、シカマルはめんどくさくないと思う…」 「……」 ああ、と思う。その言葉で、かかっていたもやが薄れていく気がした。思考が明瞭になる。はっと気が抜けた。 俺もおまえをめんどくせーとは思わねーよ。それはお互いさまってやつなんだろ。お互い相手に対して同じこと考えてるからめんどくさいなんて思わねーんだろ。…ああ、知ってたよ。それで俺は、このまんまでいいと思ってんだよ。 「ー!」 また声がして越しに道に目を向けると、今度はチエが駆け寄ってきていた。の班のもう一人もあとからついて来ていて、二人は振り返り少し身体の向きを変えた彼女の正面に立ち止まった。 「飯!シカマルどうだって?!」 「あ、えっと、」 「今日はチョウジが任務でいねーから無理だぜ」 「え、マジかよ。じゃあ延期だなー。…あ、なら今日は四人で飯行こーぜー!」 「な、!」ポンと肩を叩いたあと、連れて行こうとしたのかチエがの腕に手を伸ばした瞬間、反対の腕を引っ張った。いきなりのことで無防備だったが、その勢いのまま寄り掛かってきたのを受け止める。 知ってたからこのまんまでいいと思ってた。いや、知らなくても俺のことだからそう思ってたかもな。こんな状況でも冷静に分析している自分が少し面白かった。 「わりー。俺とこいつパス」 でもこういうのは男がはっきりさせないといけねーんだろ。めんどくせーけど、他の奴に取られるなんて御免だしな。 |