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の歩幅に合わせて歩くのは嫌いじゃなかった。彼女はいつも穏和でいて、ときどきこいつの周りだけ時間が緩やかに流れているんじゃないかと錯覚するくらいだった。そういう点では忍者に向いてないんじゃないかと思われるが、こいつはこいつなりに向上心を持って頑張っているようなので俺からとやかく言ったことはない。最近じゃ怪我を負ったと聞くたびに冷や冷やするのは、が変わったからじゃなくて、俺の心境の変化か。
もう夜も遅い時間だからとなるたけ明るい道を選んで歩いていた。並んでいる店は居酒屋を除いて軒並み閉まっているが、人通りはまだそこそこある。絡まれるとめんどくせー輩が出歩くにはまだ早いみたいだし、特に心配することもねーな。安堵の息を吐き、隣のを見下ろした。


「そういや、何か面白い本でもあったのか?随分集中してたみてーだったけど」
「え?ああうん、あったよ」


そう言って嬉々と話し始めた内容はくのいちが主人公の長編物語だった。確かにこいつすきそうだなと思いながら相槌を打つ。「三巻までしか読めてないから続き読みたいなあ。あ、図書室にもあるのかな」タイトルは聞いたことがなかったが、それなりに大きい木ノ葉図書処なら置いてないこともないだろう。そんな感じのことを返し、が表情を綻ばせたのを横目に見る。するとは笑顔を引っ込め、「でもなんであんな本があったんだろう」と疑問を口にした。そりゃー書物庫にわざわざ物語なんて普通ねーよな。ま、その答えは大体見当ついてるが。


「あの書物庫には火影様の私物も置いてあるっつってたから、それかもな」
「え!勝手に読んじゃった!」
「いや、勝手に読んでいいから開放してるとこに置いてあんだろ」


「そ、そっか…」はほっと胸を撫で下ろすと、それからすぐにきょとんとした顔で俺を見上げた。


「そういえばシカマル、なんでわたしが面白い本読んでたってわかったの?」
「なんでって、監視カメラに映ってたから」
「…、!」


今度は目をまん丸に見開く。忙しい奴だな、というのはこいつに対してよく思うことだった。喜怒哀楽が表情に出やすい彼女は将棋を指しているときも例外でなく、どんな戦略を立てているのか見ていてすぐにわかる。将棋盤を睨んでうんうん悩んでいるを見るのは何気に楽しく、つい困らせる手を指してしまうのをやめられなかった。

にしてもは書物庫内に設置された監視カメラに気付いてなかったのだろうか。かなりこれ見よがしに付いてたはずだが。俺がいた部屋のテレビに繋がっているそれは監視の意味ももちろんあるが、存在自体が牽制の役割を果たしており部屋のあちこちに設置されている。音も結構してたと思うんだけどな。
しかし驚いてる様子からして気付いていなかったらしい。注意力の低さが少々不安になるところだ。バッと下を向いてしまったに、気付いとけよと呆れたように一言言おうと口を開いた、のを遮るように、俯いたのか細い声が聞こえてきた。


「わー……シカマルに見られてたのか…。恥ずかしいな…」
「、……」


咄嗟に何も返せなかった。単に恥じ入っているだけじゃない。街灯に照らされ、耳が赤いことに気が付いた。

「シカマルと同じ班がよかったなあ」アカデミーを卒業して間もない頃、一度だけに、残念そうに言われたことがあった。こいつは昔からいのに懐いていたし、俺やチョウジともそれなりに仲が良かったからそういう意味で言ったんだとずっと思っていた。けれど、そうじゃなかったのかもしれない。唐突に思い出した。そして、今更気付いた。

先輩に呼ばれ代役を頼まれた際、部屋の監視カメラに映るを見つけて了承した。何食わぬ顔で受付のイスに座り、仕事というもっともな理由を盾に、ひたすらページをめくる彼女をぼんやりと、画面越しに眺めていた。
……あんなことまでされて、脈、ねえ。


「あ、じゃ、じゃあね、」


気付くと、道が二つに分かれたT字路に来ていた。街からは外れ人通りはゼロで、辺りは先ほどの活気が嘘のように静まり返っていた。互いの家まではここから左右に分かれることになる。それはわかるのだが、俺は呆れざるを得ない。


「家まで送ってくに決まってんだろ」
「え、」
「いや、こんな夜中に女一人で帰らすわけねーだろ」


いくらめんどくさがりの俺でもやんねーよ。至って当然のことと思いながら言ったのだが、どうやら彼女にはダメージが大きかったらしい。暗がりでもわかるくらい赤くなった頬に気付く。今に始まったことか、それとも俺が今の今まで気付かなかったのか。知ってみればは存外にわかりやすい反応を見せていた。
悪い気は少しもしない。俺は昔から、こいつが傍にいるのは随分気楽で、悪くないと思っていたのだ。…それもそうか。
「ほら、」なんとなく、お留守だった彼女の手を取った。そのまま右へ曲がるのをが一歩遅れてついてくる。慌てているのが見なくてもわかる。やたら愉快だった。

こいつは多分、というかかなり確実に、俺のことがすきなんだろう。それがわかれば十分だ。
言葉もいらねーだろ、めんどくせーし。