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早くに閉館時間となってしまう木ノ葉図書処と違い頼めば長時間いられる書物庫に引きこもって本を読みふけっていた。日焼けを防ぐために地下に設けられているらしいここは初めて訪れたのに随分居心地がよく、時間が経つのも忘れて調べ物や読書に没頭していた。今日の書物庫の担当中忍の人は受け付けを済まし案内をしたあとは自分の持ち場に戻って行ったので、帰るときはまたあそこに行けばいいのだろう。利用者リストに名前を記入した部屋はここへ続く階段のすぐ隣だったことを思い出す。この最上階には火影様がいると思うと緊張するなあ。
火影様が執務を行う施設の中にある書物庫は他にもいくつかあるらしく、その中の一つであるここは名前ほど立派な本が置いてあるわけでもないようだった。わたしが見たかった資料は公の図書室でもおそらく事足りたけれど、さっきも言ったようにそこだとすぐに閉館してしまうので時間を気にしないで利用したかったのだ。図書室と違い部屋のあちこちに監視カメラが付いていて変なことができないようになっているのも特に気にならない。担当の先生に教えてもらったときは厳重そうなイメージだったけれど、手続きも思ったより簡単だったしこれから調べ物をするときは積極的に活用していこうと思う。

次の任務のために調べたかったことは随分前に終わっていて、今はとある一画にあった文芸スペースの本を読んでいた。書物庫というから術の巻物とか歴史書とか堅苦しいものしかないと思っていたけれど、意外にこういうのもあるものなんだなあ。並んでいた本の中でも十巻に続く連作シリーズに夢中になったわたしは本棚の前に座り込んでひたすら読みふけっていたのだった。
三巻を読み終え伸びをしたところでようやく、今何時だろうと思い至った。来た頃には人影があったのに、今やわたし以外無人となっていた。三度瞬きをしたあと、嫌な予感がして急いで荷物をまとめ階段を登った。


「わー…」


地上に出ても明かりはちっとも届かない。それもそのはず、外は日がとっくのとうに沈んでいて、廊下の小窓から差し込んでくるのはわずかな月の光だけになっていたのだ。何時間いたんだろう。階段を下りたときはまだまだ日の高い時間だったのに、いつの間に。
しばし呆然とし、それからハッとして、隣の部屋に目を向けた。扉のないそこからは明かりが廊下に漏れている。いくらなんでも、こんな遅い時間までいたなんて受付の人に申し訳ない。名前を書いたときだって七時か八時には終わると伝えたのに、どう考えても今の時間は九時をとっくのとうに回っている。
怒られても、仕方ない。とにかく謝ろうと決心して、背筋が震え上がるのをなんとか抑えおそるおそる部屋を覗いた。と、そこには見覚えのある姿が。


「シカマル?!」
「おう」


なんと受付担当の椅子にはシカマルが座っていたのだ。背もたれに寄り掛かってやけにリラックスした状態で座っている彼に瞠目せざるを得ない。なんでシカマルが?無意識に口が開くわたしを余所に、シカマルはのん気に近くのテレビを消していた。


「ほらここ、サインな」
「う、うん……でもなんでシカマルがここに…」


テーブルに置いてある用紙にサインをしながら問い掛けると、シカマルはいつものようにやる気のなさげな目をこちらに向けた。


「担当の人が急に任務入ってよ。めんどくせーけど受付と施錠の代役頼まれたんだよ」
「そ、そうなんだ…ごめん…」
「何が?」
「遅くまでいたから…」


ここに彼を縛り付けたのはわたしだ。受付時間を過ぎれば書物庫に人がいなくなった時点で鍵を閉められるのを知っていたのに気にせず居座り続けてしまった。そのせいで迷惑を掛けた。退室予定時刻の欄に目を落とすと、おそらく前の受付の人の字で「七時〜八時」と書いてあった。ますます俯いてしまう。


「なんでだよ。やろうと思えば催促だってできんのにしなかったのは俺だ」
「そうだけど…」
「…そういやおまえ、前もそんなこと気にしてたんだってな」
「え?」
「こないだ会ったとき。いのから聞いたぜ」


そこまで聞いて、そうだと思い出す。前回会ったとき、せっかくシカマルが気を遣って任務に行く時間まで相手をしてくれようとしたのに、たとえ不可抗力とはいえ勝手に退席してさようならも言わなかったのだ。恩を仇で返したような罪悪感から、その日の任務はガタガタだった。「あ、ああ…ごめんね…」目を伏せ指先をいじりながら謝罪すると、焦点の合っていない視界の隅で、シカマルがどこか不満げな表情を見せたのがわかった。


「あれも気にしねーでいんだよ。俺がすきでやってんだから」
「え、」
「今回のも。おまえは謝る必要もねーし、ありがてーと思ってんなら素直に喜べよ」


呆然と、シカマルを見上げる。ふうと息を吐いた彼は利用者リストを引き出しにしまい、立ち上がると同時に置いてあった鍵を手に取った。隣まで来たところでようやくハッと我に返ったわたしはシカマルに向き、なんとか声を出すことができたのだった。


「あ、ありがとう…」
「…ん」


それに満足したような笑みを零した彼は鍵を握り直し、ちょっと待ってろと言って部屋を出て行った。足音が遠ざかり、鍵の掛けられる音が聞こえた。地下の書物庫を施錠し戻ってきたシカマルは棚に鍵をしまうと振り返り、帰るか、と、わたしに言った。それに、まだうまく働いていない頭のまま頷く。きっと今のわたしは、嬉しくて幸せだと思っているから、変な顔をしてることだろう。少し泣きそうだよ。

…シカマルはきっと、こういうのを何とも思わないで言ったりしてみせたりしてるんだろう。わたしはこの人のすることにいちいちどきどきするんだろうなあ、一生。策士だなあ、やるなあシカマル。

部屋を出て、後ろで電気を消した彼になんとなく振り返る。月の光だけが辺りを照らしていた。夜の君もやっぱりかっこいい。