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「アンタいい加減にしなさいよねー。早く告白なり何なりしなさいよ」


はああと深い溜め息をついたいのにうるせーなと言い返す。こいつが何かとこの話題を持ち出してくるのは決まって直近で彼女とが会ったときだというのはこれまでの経験上わかっている。が、そんなことがわかったところで回避のしようもないので意味はない。俺はこいつの口出しを封じ込める手を考えながらも、おとなしくこうして途方もない説教を食らうしかないのだった。あーめんどくせー…おせっかいもほどほどにしろっての。目を合わせないように頬杖をつく。


「つーかおまえも飽きねーな…」
「誰のせいよ。仲直りしてからいい感じになったと思ったのに一向に動き出さないんだから。なに?あんなことあって脈ないとか思ってんの?」
「脈ねえ…」


呟きながら、頭はこないだのことを思い出していた。茶屋の前でといたら颯爽と現れたチエに彼女を連れてかれた。あのときの赤くなったの顔と愉快げなチエの後ろ姿はやたらと脳裏に焼き付いていた。俺は呆然として何もできず、しかし次の瞬間には腹の中が燃えるように熱くなったのを覚えている。あれ以来、ぼんやりしているとそのワンシーンを思い出してしまう程度には強烈な出来事だった。
チエについての情報はほとんどない。俺の記憶にはアカデミー時代片手で数えられるほどの回数と、数か月前の見舞いで居合わせたときの会話しか残っていない。病院のときとこないだのことを鑑みると奴に関してあまりいい予感はしていないのだが、如何せん決定打には欠ける。
もしかしたら交友関係の広いこいつなら何か知っているかもしれない。ふと思い、頬杖をついたまま顔を向けてみた。


「なあ。チエってよ、」
「チエ?と同班の?…え、なになに、のことで何かあったの?」


途端に目を輝かせ始めたいのに露骨に顔を歪める。げ、聞くんじゃなかった。また逃げるように顔を背け、すぐ横の壁で視界を一杯にする。


「…何でもねーよ」
「え〜嘘だあ〜。…とかいって、知ってるんだけどね。アンタ、チエにあの子取られちゃったんだって〜?」


ギシリと固まる。いのがにんまり笑っているのが声だけでわかる。クソ、マジで言うんじゃなかった。つーか取った取られたって表現方法間違ってんだろ。べつに取られたわけじゃねーよ。あいつが任務前だってことは知ってたし、メンバーにチエがいることも少し考えれば簡単にわかることだ。だから、ああやって連れてかれることにいちいち気を揉む必要なんかねえ。わかってる。奪われた気になるのはお門違いだ。
「シカマルがせっかく自分に付き合って店入らないでくれたのに、さよならも言えないで行っちゃって申し訳なかった、って言ってたわよ」の台詞を唱えるいのの声を聞く。あいつがそれを言っている姿は容易に想像できた。想像できるが、納得はできない。……んだよそれ。そんなのは俺が勝手にやったことだから気にしねーでいいんだよ。
急速に気分が落ち着いてきて、こっそりいのに目を向けると彼女は湯呑みを両手で包み込んでいた。伏せられた目はさっきまでの茶化すような雰囲気は微塵も感じさせず、吐き出した声も随分と静かだった。


「ほんと、はバカみたいにアンタしか見てないんだから。…そのくらいさすがにわかってるでしょ」
「…べつにそこまでじゃねーだろ…」
「はあ…」


この手の話になるといのは途端に溜め息の数が増える。そうさせているのは紛れもない俺だというのはわかっているが、残念ながらこいつの期待には当分応えてやるつもりはなかった。だからおせっかいもやめとけっつってんだよ。いくら背中押されたって俺は何もしねーんだから、そんなもん時間の無駄だ。
おまえも俺と長年チーム組んでんだから重々承知してんだろ。脈だの何だの、告白だの付き合うだの、考えるだけでめんどくせーんだよ。その上わざわざ口にしなきゃいけねーとかどんだけだよ。
背中を丸める俺とは対照的に背筋を伸ばすいのは顔をしかめ、最後に口を開いた。


「めんどくさいとか何とか言って、離さないように目かけてるくせに。どっちのがめんどくさいのよ」
「……ほっとけっての」


言い返す言葉はいくつか浮かんだが、どれも苦し紛れの言い訳にしか聞こえない気がして、結局そんな台詞が口をついた。