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目を閉じて考えてみる。記憶の中の彼を思い起こすと簡単にアカデミー時代まで遡ることができた。あの頃は生徒というもっともな理由で長い時間一緒にいれたからよかったなあ。授業とか、後ろの席がんばって取って、前で寝てる彼をずっと見てるの、あれ、幸せだったなあ。
でも下忍になってからも悪くない。わたしは今の環境も結構満足しているのだ。顔を合わせる時間は減ったけれどその分会えたときは嬉しいし、彼から任務の話を聞くのも楽しい。他にも思い出せることはたくさんある。わたし、随分と彼を追いかけていたから、これなら自信があるよ。例えば中忍試験の、「ちょっと?」唐突に掛けられた声にパチッと目を開く。向かいに座っていたいのちゃんが不機嫌そうに口を尖らせていたのだ。「寝ないでよね」それに慌てて否定の手を振る。


「ね、寝てないよ。考えてたの」
「考えないと出ないの?」
「うん、どこがって言われたら、迷うから」


「シカマルのどこがすきなの?」難題だ。ものすごく難題だ。思い出せることはこれでもかってくらいあるのに、あるからこそ、どこがという質問を答えるのが難しかった。変な顔をしたいのちゃんは温くなってきた緑茶を啜り、やっぱりわたしの言葉に納得していないようだった。タイムリミットだろうか。肩をすくめたわたしは縮こまりながら、言い慣れた答えを返すしかなかった。


「…かっこいいところ」
「だからそこがわかんないって言ってんのよー。いつもいつも」


はあ、と頬杖をつくいのちゃん。いのちゃんにシカマルがすきだと打ち明けたのはいつだったろうか。彼女は「アンタの気持ちがわかんない」と言いつついつも楽しそうに相談に乗ってくれて、更には協力もしてくれるありがたい存在だ。いのちゃんはシカマルとチョウジと昔馴染みの関係に加えて同じ班で、何よりとてもしっかり者の女の子なので、そんな彼女がバックについているということはものすごく心強かった。
シカマルのどこがいいのか、最初に話したときも同じことを聞かれて、同じことを返したと思う。それから何度も聞かれたけれどわたしはずっと、そんなふわふわした表現でしか答えられていなかった。
…だってきっかけも思い出せない。いつの間にか心に深く根付いていたこの感情は、卒業して下忍になって、そして彼が中忍になってしばらくした今でも離れていく気がしなかった。


「長いわねえ」
「いのちゃんもね」


顎を引いて返すと彼女はいたずらっ子のようににやっと笑って見せた。いのちゃんはサスケくんがすきだ。多分わたしが自覚した頃に彼女から教えてもらったから、いのちゃんの恋の方が年季が入っているだろうと思う。そのサスケくんは今、遠くに行ってしまっている、らしい。彼を連れ戻すためにナルトやサクラちゃんは頑張っている。いのちゃんだって、他のみんなだって強くなるため頑張ってる。…わたしは、どうだろうか。


「なに暗くなってんのよー。アンタすぐそうなるの、よくないわよ」
「…うん、」
「わたしのことは置いといて。アンタは頑張りなさいよね」
「うん」


わたしが二度目に頷いたタイミングで遠くからいのちゃんを呼ぶ声が聞こえた。そちらに目を向けると予想通りシカマルとチョウジがこっちに歩いてきていて、いのちゃんはそれに手を振って返した。第十班は今日アスマ先生と集まる約束をしていて、いのちゃんはその前の時間でわたしと会ってくれていたのだ。チョウジが軽く手を上げるのに合わせてわたしも手を振る。シカマルはいつも通り気だるげに、両手をポケットに入れて歩いている。あれですっ転んだら面白いわよね、と言っていたいのちゃんを思い出して少し笑ってしまう。でもそういうところも見てみたいと思うのは、恋は盲目というやつなんだろうか。


「やっほー
「やっほーチョウジ」


愛想のいいチョウジに挨拶を返し、それからちらりと隣のシカマルを見遣る。目が合うとシカマルは片方の眉を上げ「も来んの?」と疑問を口にした。それに対して、そりゃあできれば行きたかったよと思いながら苦笑いして首を振った。


「このあと任務あるから」
「へえ、そっか」
、このお団子もらっていい?」
「いいよー」


調子に乗って頼みすぎてしまったそれをお皿ごとチョウジに渡す。お得だと思ったお団子の盛り合わせはわたしの胃の中にほとんど収まったけれど、残り二本はどうしても無理だった。今日の任務は久しぶりのCランクだったから余計に、これ以上は食べられないと思ったのだ。べつに嫌なことがあったわけじゃないのにヤケ食いなんて、するもんじゃないなあ。一つ学んだよ。十四歳になってようやくそんなことを、だ。
ペロリと平らげたチョウジとお互いお礼を言い合うと、向かい側のいのちゃんが腰を上げた。


「じゃあ。また今度ね」
「うん。いってらっしゃい」


ひらひら手を振るいのちゃんに同じように振り返す。わたしは集合時間までまだあるからここで時間を潰すのだ。三人が目的地へ踵を返す、と、シカマルは踏み出した足を止め、上体だけひねって振り返った。


「任務、頑張れよ」
「…、うん…ありがとう」


片方の口角だけ上げて笑うシカマルに、お礼の声は震えていた。今度こそ背中を向け歩き出した彼をじっと見つめる。…顔が赤いのが自分でもわかるなあ。
ちょっとだけこっち向いてたいのちゃんも見てたでしょう。ほら、わたし、シカマルの一挙一動をかっこいいと思うんだよ。