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卒業式も終わり、赤い目のわたしは友達と写真を撮り最後のホームルームを終えると、また桃井さんの元へ行き来年もよろしくね、と伝えた。うん、と頷いてくれる彼女の近くにまたいられることが嬉しかった。筒に入った卒業証書をカバンにしまい、帰る支度だけを整える。まだこのあとも友達にアルバムにメッセージを書いてもらうので学校には残るのだ。さてわたしのアルバムは今どこに、と辺りを見渡したところで、「あ、祥吾!」クラスの女の子の声がその人物を呼んだ。そちらに目を向けて見ると、予想通り教室の入り口のところに祥吾くんがいた。あの子は祥吾くんの彼女だろうか、パタパタ駆け寄ってわたしたちと同じようにアルバムとペンを差し出し、祥吾くんはそれらを受け取ってスラスラとメッセージを書いていた。わたしは冬休み前久しぶりに一緒に帰った日を思い出し、折角だから書いてもらおうかなあと思ったけれど自分のアルバムが今誰のところにあるのかわからず、そうこうしているうちに祥吾くんも用が済んだのか帰ってしまったので諦めた。


「そういえばショウゴくんってどこの高校に行くんだろう。バスケやるのかな?」


一部始終を見ていたらしい桃井さんがふとそう零した。わたしは、自分の知っていることが桃井さんの役に立つと思い、すぐさまピンッと背筋を伸ばして答えた。


「続けるって!推薦だって言ってたよ」
「え、そうなんだ?」
「本人に聞いたー。福田総合ってとこらしいんだけど、バスケ強いの?」
「福田総合?」


途端に彼女の表情が曇る。何か知っている様子だ。桃井さんは情報収集能力に長けていて、バスケに関して色々なことを知っているからそれは普通のことなのかもしれない。けれどだからといってその表情の理由はわからないので、うん、と頷いて彼女の言葉を待った。


「確かに強豪だけど…遠いところ行っちゃうんだね」
「え?」
「静岡だよ、福田総合」


思わず目を見開く。桃井さんの言葉を理解する。冗談とかではない。嘘なんかつかない。桃井さんの言ったことは、至って事実なのだろう。
静岡。東京ですらない。家から通える距離でもない。「一人暮らしするのかな、あ、でも寮あった気がする」桃井さんの声が右から左へすり抜けていく。わたしは、今までのこととこれからのことが一本の糸に繋がった瞬間、ハッとなった。


「ごめんちょっと待ってて!」


衝動、というか、ちょっと怒った。祥吾くんに一言言ってやらないと気が済まないと思ったのだ。彼がさっき向かった方向はこの階の階段だ、きっとあのまま帰ったのだろう。教室を飛び出し、駆け足で階段を降り昇降口へ向かう。そこにもいなくて、わたしは上履きのまま外に出た。さすがにこのまま校外には出られないと思っていたら、校門の少し手前で彼を見つけた。思いっきり叫ぶ。


「祥吾くん!」


ゆっくり振り返った彼に早足で駆け寄り、畳み掛けるように問い詰めた。


「どうして言ってくれなかったの!」
「はあ?何が」
「祥吾くん静岡行っちゃうんでしょ?!なんでそう言ってくれなかったの?!わたし東京の高校だとずっと…」
「…ああ」


「知らなかったのはおまえが悪いんだろ」正論を返され言葉に詰まる。確かに、確かめることもせず東京だと決め付けていた。その気になれば本人に聞いたり自分で調べたり、桃井さんに聞くことだってできたはずなのに。祥吾くんは間違ったことは言ってない、言ってないけれど、何か言い返さないと自分の体裁が保てなかった。
だって、祥吾くんは前もそうだった。バスケ部を退部したときも、何も教えてくれなかった。


「……祥吾くんて大事なこと何も言ってくれないよね!」
「ハッ…興味ねえくせに何言ってんだよ」


責めたのに、思いっきりカウンターを食らったようだった。カアッと顔が熱くなる。また痛いところを突かれた、と思った。……祥吾くんが、正しい。自分は祥吾くんに無関心でないと思っていたのに、それが単なる思い込みでしかないと、本人に言われてしまったのだ。恥ずかしくて、否定しようにも言葉は出てこず、ぎゅっと拳を握った。
ああ、まただ、最後の最後でもこれだ。どうしよう。このままじゃ、喧嘩別れみたいになってしまう。祥吾くんは静岡に行ってしまうのだ。もう簡単に会えなくなるのに、こんな。……会えない。

このときわたしは初めて、祥吾くんと疎遠になることを寂しいと思ったのだった。

離れてしまうのにこんなさよならの仕方は嫌だ。パッと顔を上げる。しかめてはいるが祥吾くんの機嫌は悪くない。険悪だと思っているのはわたしだけらしい。じゃあやっぱり、どうするべきか答えは一つなのだ。


「ひ、一人暮らしするの?」
「寮入るけどな」
「じゃあ、東京にはなかなか帰ってこれないんだね」
「だろーな。帰る理由もないし」


喧嘩別れなんて嫌だから、体裁を繕うのもやめて我慢をする。次第に頭が冷えてきた。するとしみじみと、寂しいなあと思うのだった。本当に、もう当分、祥吾くんとは会えない。


「じゃあ、離れても電話とかするね!」
「…ハッ、何言ってんだバーカ」


「じゃーな」最後に小馬鹿にしたように笑い、背を向けた祥吾くん。わたしは彼を、驚くほどの喪失感に襲われながら見送ったのだった。それは、七年間祥吾くんと友達をやってきた中で初めての感覚だった。