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返却された模試の結果を見て、一人にやりと笑う。第一志望校のボーダーラインは優に越えていたのだ。このまま手を抜かず勉強し続けていれば合格できるだろう。どのレベルでも行けるように三年の初めから頑張っていてよかった。中学最後の冬休みはもう間近で、本番まで一ヶ月を切っていた。この模試は試験前最後だったのだ。だからこそ、いよいよ理想の高校生活の希望が見えてくる。


ちゃんどうだった?」
「よかった!桐皇A判定!」


バッと桃井さんに見せるとわっと表情を明るくした彼女にものすごく称賛された。褒められて一番嬉しい人も桃井さんだなあと、肩をすくめて思う。きっと顔は赤くなっているだろう。


「わたしもA判定だったから、これはもう一緒の高校行けちゃうね!」
「行きたい!頑張る!」


幼なじみの青峰くんを放っておけないという理由で彼の推薦先の桐皇に進学を決意した桃井さんの覚悟が眩しくて、少しだけ、いいや結構かなり、青峰くんに嫉妬した。桃井さんの進路を決めさせる影響力を持つ彼がひどく妬ましかったのだ。もちろんそんなこと誰にも言えないから、色んな理由をつけて自分の志望校も桐皇にするという、ずるい対抗をした。あれとそれと悩んだんだけど、わたしも桐皇にしようと思う、と言ったとき彼女はとても喜んでくれて、まだ受かってもいないのに泣きそうになった。
本当は黒子くんと同じ誠凛高校に行きたかったのだと言う桃井さんは少し悲しそうだったけれど、桐皇に決めたことを後悔している様子もなかった。わたしは、何かを決断する彼女のその姿勢がとても美しく見えていて、とても尊いものに感じるのだ。中学に入学してからこの感覚は覚めない。

志願書提出先を紙に書いて学年主任の先生に提出しなければいけなかったのだが、期限日に家に忘れてしまったので直接渡さないといけなかった。放課後を利用して職員室に行き、定型文のような労いの言葉をもらい軽くお辞儀をして退室しようとすると、丁度すれ違いで祥吾くんが入ってきた。「あ」と声を上げると祥吾くんも低い声で「あ」と反応し、そのままお互いすれ違った。どうやら祥吾くんも忘れていたのを提出しに来たらしく、こういうところは気が合うんだよなあと思いながら職員室を出た。
そういえば祥吾くんはどこの高校に行くんだろう。今まで一度も考えたことのなかったそれを聞いてみようと、職員室の外で待っていた。「しつれーしましたー」誠意のこもっていない挨拶が聞こえドアが開く。すると、わたしとまっすぐ目が合った祥吾くんは不思議そうに片方の眉を上げた。


「何してんの?」
「一緒に帰ろうよ」


三年に上がるときはクラス替えはないので、桃井さんと離れる心配なしに安心して四月を迎えられた。祥吾くんとのクラス関係も変わらずで、一週間のうち見かけるのは二、三回程度。話をするのはいつぶりだろうか。遠いままのクラスでは話題がないとわざわざ話し掛けに行ったりしない。しかも二年生で部活を辞めた祥吾くんはあれからより一層女の子を連れ歩くことが増え、校内でも所構わずといったところで彼が一人でいることが少ないように思えた。だから、今回みたいのはちょっと珍しかった。
「あー…、いいぜ」斜め上を見、僅かに思慮したらしい祥吾くんから許可が降りたのでそのまま帰路に着く。小学生時代、放課後探検をするぐらいには近い家なので、中学になっても帰り道はほとんど同じだった。


「わたし桐皇行くんだー」


何気なくそう切り出してみると「へー」とあまり芳しくない返事が返ってきた。相変わらずわたしのことに興味がないようだ、と思ったら、「なんで?」と突っ込んできたので少し嬉しかった。なので青峰くんがそこの推薦もらったから桃井さんもそこ行くらしくて、だから、と意気揚々と説明するとああととても冷めたリアクションをされた。


「んなことだろーと思ったわ」
「…祥吾くんはどこ行くの?」
「福田総合」


福田総合?脳内での漢字変換は容易かったけれど、聞いたことのない校名に首を傾げた。まあ、東京にはたくさんの高校があるし、その中でわたしが知っているのなんて数少ないから聞いたことがなくても不思議ではないだろう。それでも一度も聞いたことないくらいなので、遠いのかなあとなんとなく思った。「そうなんだ」この時期でそんなにはっきり進学先が言えるということは、つまり。


「推薦?」
「まあ」
「じゃあバスケやるんだ」
「…一応な」
「へー頑張ってね!」


皮肉みたいに捉えられたら嫌なので、全力で激励した。それは伝わったらしく、祥吾くんはふっとちょっとだけ笑った。


「おまえは?」
「何が?」
「どうせサツキは高校でもマネージャーやんだろ?おまえもやりゃあいいじゃん」
「それね!すっごい考えてるんだよね、一緒にいたいからやりたいけどそんな理由で入るのよくないだろうし桃井さんの足手まといになるのも嫌だし、でも楽しそうだからなあって」


そんな感じで一人盛り上がって、結局最後までわたしの話を聞いてもらっていた。久しぶりだったのに祥吾くんの話は全然聞けなかったことに、家に着いてから気が付いたのだった。