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帝光中学のバスケットボール部というのは名門中の名門らしく、大勢の部員を技能テストで一から三軍に振り分け、練習や試合などほとんどのことはそのクラス分けで動くのだそうだ。公式戦に出る資格のある一軍は少数精鋭で、今年は入部始めの一年生もそこに選ばれるという異例の年だったらしく、すでに五人の一年生が一軍で頑張っているらしい。祥吾くんは最近途中入部したらしいのだけれど、テストで高い能力が認められて最初から一軍入りを果たしたのだそうだ。祥吾くんがそんなにバスケが上手かったなんて知らなかったなあ。

桃井さんからその話を聞いた日の昼休み、食堂で一緒にご飯を食べていた彼女が用があるんだと言って早々に席を立ってから、続いて食べ終わってしまったわたしは一緒に昼食を摂っていた友達二人に断りを入れ一人で教室に戻っていた。特にすることもなかったのだけれど、暇だから図書室にでも行こうかなと考えながら足を進める。五限まで食堂でだべるつもりの友達を置いて来ただけだから時間的には早くもなく、廊下には生徒がある程度いた。どうしようかな、となんとなく捲っていたワイシャツの袖を引っ張ったそのとき、視界に灰色がちらついた。パッと反射的に顔を上げる。


「(あ、)」


向かい側から、祥吾くんが歩いて来ていたのだ。向こうはまだわたしに気付いていない。いつもだったらこれでわたしも目を逸らして終わりなのだが、話し掛けよう話し掛けようと思い続けやっと話題ができた今こそ、それを実行するチャンスだと思った。さりげなく祥吾くんに近付く。最後に話して二ヶ月も経っていないのに、二、三年話していなかったような緊張感が心臓に湧いてきた。祥吾くんは、どんな反応をするだろうか。タンッと彼の前に立ちはだかった。


「祥吾くん!」
「あ?おーじゃん」


祥吾くんのラフなリアクションに、はあっと目を見開いた。前と何も変わらなかったのだ。緊張でせわしなかった心臓が途端に落ち着く。よかった、中学に入ってなんだか違う人になってしまって近寄り難いと思っていたけれど、祥吾くんは何も変わっていなかった。こんなことなら、もっと早くに話し掛けていればよかった。


「久しぶりー。元気だった?」
「フツーだよフツー。おまえこそどうなんだよ?」
「元気だよ!ねえねえ祥吾くんバスケ部入ったんだって?」
「あー、まあな」
「しかもめっちゃ上手いらしいじゃん。一軍とか、すごいね」
「ハッ。あんなん出来て当然だろ」
「さすが祥吾くん!」


やっぱり何も変わってない。好奇心だけで探検をしたあの頃の無邪気さはないけれど、最後に話した三月と同じようにしゃべれている。祥吾くんと過ごした四年間で楽しかったことはいくらでも思い出せて、わたしは前みたいな関係が中学でも築けるんじゃないかと嬉しくなった。

嬉しくなったから、ちょっと調子に乗ってしまったのだ。


「あんね、わたしすきな人できたんだ!」


祥吾くんになら、誰にも言わず隠し通そうと思っていたわたしの秘密を教えてもいい。そう思い切り出すと、彼は楽しそうに目を輝かせて「マジで?だれ?」と聞いてきてくれた。わたしは辺りを少しうかがったのち、右手で口を隠すように覆って祥吾くんの顔に近付けると、それに倣って祥吾くんもわたしに耳を向けてくれた。


「桃井さん」


「は、」わたしの頬をピシャリと叩いたような声と、彼が顔を離したのはどちらが先だったろうか。祥吾くんは目をまん丸に見開いて、口は半笑いだ。高揚していたわたしのテンションはそこで下がる、というよりはピタリと止まった感じがした。彼の表情は初めて見るものではなかった。そして、あまり見たいと思うものでもなかった。


「ももい?って?」
「バスケ部のマネージャー…知ってるでしょ?」
「……は?なに?冗談?」
「え、ち、ちが」
「マジで言ってんの?!ウケんだけど!」


阿呆みたいに口を閉じれない。弧の形に歪められた彼の両目を凝視する。祥吾くんは至って楽しそうだ。そして、次に彼が何を言うのか大体わかる、……ここで、ああ、と思い出したのだ。


「キモ、おまえレズだったのかよ、ねえわー」


思い出を美化していたわけではない。わかっていたはずだ、祥吾くんはこういう奴だということを。この人はそんな寛容な人間じゃないし、自分と違う感覚をすぐさま否定する思考の持ち主だ。そうだ、何を期待していたんだか。ぎゅっと口を噤んだ。

理解すると思ったよりダメージは少ない。思いっきり顔をしかめてしまったけれど祥吾くんは気にしていないようだった。彼にとってわたしの恋の相手は重要なことではないらしい。一人で愉快そうに笑いながら、人を待たせてるからと言いわたしの不満気な表情に目もくれず横を通り抜けていった。

……お世辞でも応援してくれればいいのに。思ってもいないことは一切口にしようとしない、それが祥吾くんだった。