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さつきちゃんだけでなくまさか祥吾くんにも言われてしまうとは。本当に驚いて、しかもどうしてだか簡単には流せなくて、頭をぐるぐる回していたらあっという間に五日が経っていた。今日はさつきちゃんとお買い物に行く約束をしているのだ。ご飯を食べ終えてから午後に待ち合わせをして、ファッションビルに入っている洋服店さんを見て回るプランだ。待ち合わせ時間の十分前に着き、壁に寄り掛かる。息を吐きながら、また思考の海に沈んだ。
……さつきちゃんのことは、多分、もう大丈夫だと思う。諦めると決めてからガラッと何か変わったわけじゃないけれど、気持ちはなんとなくすっきりしていた。
でもそれとこれとは別だろう。二人から言われたことを合わせると、わたしはさつきちゃんを追い掛けている間すでに祥吾くんをすきだと思われていたということになるのだ。本当にふっきれた今だからこそ思うけれど、そりゃあ、さつきちゃんに伝わるわけないよなあ。わたしには別にすきな人がいると思っていたんだから。
もう、いっそ二人の勘違いだと終わらせられればいいのだけれど、しかしどうしてだかそうはできないでいた。舗装された歩道で視界をいっぱいにして、瞬きをする。………。どうしよう自分のことなのにわからない。


ちゃん」
「!あっさ、さつきちゃん、おはよう!」
「おはよ。お待たせしてごめんね〜」
「ううん、全然大丈夫だよ、」
「……」


「なんかぼーっとしてたね。…悩み事?」どきりとした。さつきちゃん、鋭い。あ、そうだ、もう一思いに相談してしまおうか、口にしたら整理できるって、聞いたことがある。それにさつきちゃんなら、いいアドバイスをくれるかもしれない。納得のいく解決案が浮かばず悶々としていたわたしはこのとき、相当混乱していたのだと思う。「あっあのね、」思わずそう切り出すと、さつきちゃんが「ストップ!」と声を上げた。「予定変更!立ち話も何だし、お店入ってじっくり聞くよ!」わくわくした様子の彼女にそう手を引かれ、わたしは気後れしながらもビルへ入って行った。
ゆっくりできそうな雰囲気の喫茶店へ入り、早々に飲み物を注文し席に着くと、さつきちゃんは身を乗り出してで、どうしたの?と切り出した。それにかしこまり膝に手を乗せ肩をすくめたわたしは、ここにきて今更、さつきちゃんに相談していいものなのか不安になっていた。…だって、こんな、自分のことでしかないのに、相談してどうするんだって、思われないかな……。体温が下がっていく感覚がする。俯いたままちらりと見上げると、彼女はわたしをじっと見て待ってくれていて、ああもう、逃げられないと観念した。こんなこと言うの、ごめんなさいさつきちゃん。「…あのね、ごめん…さつきちゃんにこんなこと聞くのは、変なのわかってるんだけど……」今のわたしはきっと心底参った顔をしているだろう。


「…わたし、ちょっと前まですごくすきな人がいてね、あの、ごめん、言わなくて…。そ、それで最近、やっと諦めがついたんだけどね、さつきちゃん前、祥吾くんのことすきだよねって言ってたじゃん。わたし、自分はその人のことずっとすきだと思ってたんだけど、……」


思ってたんだけど…、


「……本当は祥吾くんすきだったの、かな…わからなくて」


更に俯いてしまう。バツが悪すぎてさつきちゃんの顔は見れなかった。申し訳ない気持ちとか、内緒にしていたことをうっすらバラしたからというより、なんか、なんか……。
口にすれば整理できると、思っていたけれど。自分で言っていて、これは、もう答えが出ているかのように、聞こえた。
わたしの態度でか、さつきちゃんも真剣な表情を浮かべていた。背筋を伸ばし、握った手を顎に当て思案する彼女の言葉を待つ。


「んー…四年間ちゃんと一緒にいたわたしから言わせてもらうと…。高校に入ってからショウゴくんのことを話すちゃんは、恋をしてるみたいだったなあ」


……ああ、本当に。ゆっくりと目を閉じる。そうだったんだ。わたし、自分でわかっていなかっただけで、とっくのとうに祥吾くんをすきになっていたんだ。さつきちゃんに言われたからじゃない、気付いてしまったのだ。今でも思い出せる、卒業式、彼との別れで襲われたあの喪失感の正体が今、明らかになった。なってしまった。あのとき、きっとわたし。遠く離れていく彼に、心を揺らされたのだ。


(そうなんだ……でも、それなら、)


さつきちゃんのこと、本当の本当にすきだったのに、あっさりそうなっちゃって、なんだ、その程度だったのか、なんだよ。なんだよ。
自分の呆気なさを断罪されている気分になり絶望感に見舞われた。真っ青な顔のまま、うっすら目を開ける。責められて当然だ。こんな、馬鹿なわたしのこと、非難してしかるべきだ。そう思いながらおそるおそる視線を上げると、さつきちゃんと目が合った。すると驚いたことに彼女は、柔く微笑んだのだった。「そっかあ…」それはとても優しげな表情だった。彼女はわたしを責めてなんていなかった。


「前すきだった人も、ちゃんにとってすごく大切な人なんだねえ…今でも」


吐き出す呼吸が震えた。そう、大切だよ。片想いだってわかっていたって、簡単には諦められないくらいすきだったんだよ。ただの思い込みでした勘違いでした、なんて認めたくなくて、わたしはちゃんとさつきちゃんをすきで、ちゃんと納得をしてこの恋を終わらせたんだって、思いたかった。


「でも、そんなちゃんを振り向かせた祥吾くんは、すごいなあ」


ハッと顔を上げる。にこりと笑うさつきちゃんは全てを許してくれているようだった。勝手に断罪された気分になっていたのはわたしだ。誰も責めてなんてない。
もう、強がりなのだ。頑固な自分の意地だった。そんなのもう取り払ってしまえば残ったものは至極単純だった。すきだ、わたし、祥吾くんのこと、すきだよ。離れていっても、関係が完全に断たれても、諦めたくなかった。嫌われたって、……。
「あと、ちゃん間違ってるよ!」大きな声でそう発したさつきちゃんにビクッとする。ま、まだわたしは何か間違えてるのか…。目を見開いて彼女の声を待つ。しかし想像とは裏腹に、さつきちゃんは目をきらきらさせながら身を乗り出した。


「そんなこと言わないでいいんだよ。わたし、ちゃんのこと一番の友達だと思ってるんだから。何でも相談してほしいよ。わたしね、ちゃんとお話してるとすっごく楽しいし、嬉しい気持ちになるの」


泣いてしまいそうだった。無駄なんかじゃなかった。なれた、わたしは、さつきちゃんと築きたい関係になれていたのだ。
ずっと片想いしてた。あなたに。結局その気持ちは叶いはしなかったけれど、わたしはあなたと在りたい形になれたと思う。さつきちゃんがそんな、嬉しいことを言ってくれるなんて、想像もしてなかったよ。じわじわと涙が湧いてくる。


「ありがとう…さつきちゃん、大好きだ」
「わたしこそ!わたしもちゃんのこと、大好きだよ」


嬉し泣きだ。だって全然悲しくない。心臓に染みわたる暖かい気持ちが眼球までせり上がってくるようだった。それが涙として体の外へ流れていっても決してなくならないだろう。
そして思うのだ。さつきちゃんへの気持ちに本当にケリをつけられたのは、きっと準々決勝のあの日、祥吾くんがわたしの宣言を聞いてくれたからだと。思えばわたしが悲しいときいつも祥吾くんがいてくれたね。泣きついたときだって、わたしの気持ちは祥吾くんが軽くしてくれた。


「わたしね、そう、ちゃんに言おうと思ってたの。昔のショウゴくんはいい奴とは思わなかったし、今の彼もよく知らないんだけどね、ショウゴくんは、ちゃんを幸せにしてくれるんじゃないかって、すっごく思うの」


「だから、ぜったい頑張ってね」そう言ってくれたさつきちゃんも涙ぐんでいた。こんな昼中の喫茶店で泣いている女子高生二人は周りから見たらおかしかったかもしれない。けれどわたしたちの心は間違いなくこのとき、幸福で満たされていたのだ。「…うん、ありがとう」あなたをすきになってよかったと、心から思うよ。