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中学に入り疎遠になったとの関係は高校で完全に途絶えたと思ったがそうでもなかった。というか、直接会うのはインターハイ以来だが電話やらメールやらが続いて、むしろ中学よりも話す機会が増えたくらいだ。

中学三年間俺はに対し一貫して、小学生の頃つるんでいたよしみで接してやっていた。小三からずっと同じクラスで何故だか気が合ったこいつと意図して共有した時間は長く、それなりに退屈しなかったのは事実だったが、中学でクラスが遠くなってからはつるむ相手がである必要性もなくなり、当然のごとく奴のことを考える時間もなくなった。
嫌いとかではなく、単に興味がなくなっただけだ。無関心とも言うだろう。中一の四月が終わる直前、久しぶりに顔を合わせたにすきな奴ができたと聞いたとき、始めこそ興味が湧いたもののそこまでだった。意外なカミングアウトをされたところで、そのあと隣のクラスの女子に会いに行く頃にはあっさり頭から消え去る程度だった。
それからも何度か会話を交わしたり、初めて携帯を買ってもらった彼女となんとなく連絡先を交換したりしたものの、俺にとってという人間はそんな取るに足らない存在だったから、卒業の日、こいつの突拍子もない宣言に抜けた笑いしか湧いてこなかった。


「じゃあ、離れても電話とかするね!」


バカが、何言ってんだ。ずっと前から離れてたろ。この三年間、まったく関わらなかったわけではなかったが、お互い興味が失せていたのも事実だ。離別に感慨なんて湧かない。高校ではこの関係も完全に途絶える。このとき俺としては、そうなってもまあいいやとさえ思っていたのだ。
唯一こいつに感情を揺らされたとすれば。二年の春過ぎの、あの放課後だろう。


サツキにすきな奴ができたと泣きじゃくるに、しみじみバカだなと思った。うまくいく可能性なんて元からなかったろ、なのに泣くとか頭おかしいぜ、ホント。ハッキリ無理だってわかってるもんはさっさと諦めちまえよ、もっと賢く生きろっつーの。そのせいで迷惑被るこっちの身にもなれよバカ。全部言ってやってもよかったが、ますます収拾がつかなくなりそうだったから省いてやった。壁に寄り掛かり、はあ、と人知れず溜め息を吐く。自分の価値観では到底理解し得ない、彼女の現状に同情はまるでできないけれど。


「諦められないいい…」


たかが恋愛一つに、何をそんなに入れ込んでんだか。そう一蹴する前に、一度だけ見たのサツキへの視線を思い出し、なんとなく思ったわけだ、俺は。
そうやって自分がボロボロになんのは絶対に御免だが、相手にそんなに好かれて、心砕かれんのは悪くねえだろうなと、なんとなく。ほんの少しだけ、思ったわけだ。すぐにくだらねえと考え直したが。

それだけだ。自分のことばっかなこいつに、それ以上の何かを思ったことはなく、依然、小学生の頃つるんでいただけの人物でしかなかった。中三の春休みにちょっと喧嘩をして携帯がぶっ壊れたときも、との関係が断たれたことに対して特に頓着しなかった(というか存在を思い出してもいなかった)。卒業式後の時点でだって、ああ言われたところでもう二度と会うことはないと思っていたのだ。お互いの無関心を根拠に。

その予想がまるで外れたインハイ二回戦の日。そんなことを思っていた人物がまさかいるとは思わず声を掛けてしまった。随分と久々だったがはどこも変わった様子はなく、しかし俺はハッキリと、彼女の態度に違和感を感じたのだった。俺と連絡がとれねえからそのためだけに来ただとか、さらっと認めやがったからだ。前は偶然に顔を合わせたときくらいしか話さなかったのに、だ。違和感も覚えるだろう。いつの間にそんな心境の変化があったのか知らないが、だから、まだサツキのことをすきだとか言ってんのはただの思い込みなんじゃねーのかと思い嬉々としてサツキのことを話すにちょっとつついてみたのだが、なんか自分がこいつにこだわっているみたいで嫌気が差したのでさっさと退散した。





それからのとのやりとりは、まあ、それなりに楽しかっただろう。至極くだらない話ばかりだったが、おそらく俺とこいつの波長は昔から合っていて、こういうのも悪くねーなと思っていた。そんな矢先のウインターカップだった。
ようやく返ってきたその答えによると、どうやらサツキのことは本当にすきだったらしい。そして諦めるらしい。ぶっちゃけ、リョータに負けた上にダイキに殴られたあとなんかにこいつに会いたくはなかったのだが、シカトの選択肢もあった上で電話を受けた時点でこうなることは目に見えていたからただの自業自得ってやつだろう。
というか認めたくねえが、知らないうちに、この女に絆されている。いつからだとか遡る回顧はめんどくさいからしないが。


「…じゃあアレだな、サツキ追い掛けて桐皇行ったのは無駄だったってわけだ」
「無駄じゃないよ!さつきちゃんと同じ高校に行けてよかったって今でも思ってる」
「ハッ、どーだか」


隣に座り込んだを横目で見遣ると、寒そうに手を袖に隠しているだけで表情は何か無理をしているようにも見えなかった。てっきり泣くぐらいにはメンタルやられることでもあったのかと思っていたがそうではないようだ。じゃあどうして自発的に諦めるなんて結論に至ったのか。…俺はなんとなく、その結論を導くにあたり背中を押した理由がわかっている。なんでその理由が生まれたのかは謎だが、すべてはインハイの日に明らかになっている。バカなこいつはきっと自分のことなのに気付いていないのだろう。どうせ諦めたら今までのことが水の泡になるからとかそういう心理でサツキを追い掛けているんだろう。だから、思い込みで恋愛やってんじゃねーよってことだよ。


「…でも、祥吾くんがいなくて寂しいと思ったよ」


「……へえ」思わずにやりと笑ってしまう。なんだ、案外可愛いこと言えるんじゃねーか。思うと同時に、理解する。なるほど、そういうことね。
まあそんなこと言っちゃっても、おまえはまだわかってないんだよな、バカだから。自分のことで精一杯のくせにその自分のことすら把握し切れていない。さっさと自覚しろよ。ほら、俺が全部言ってやるから、感謝しろよな。


「なあ、おまえ俺のことどう思ってんの。わざわざ会いに来たりよぉ」


確信している。そんで、早く気付けばいいと思っている。そこから弾き出される答えには笑うしかねえよ。おまえのことなんてどうでもよかったんだけどな。どこでこうなったんだか。「さっきの答えも全部思い込みだろ、


「おまえ、俺のことすきなんじゃねーの?」


まあ、今世紀最大の間抜けヅラが見れたからよしとしよう。