「ていうかおまえ、定期切れてるんだろ?」


水飴も食べ終わり、また屋台の並びへ戻り今度は焼きそばを買った。どうやらバスケ部の連中は上手く撒けたようだ。俺より前に来ていたは友人とはもっぱら甘味を食べ歩いていて腹ごしらえはまだだったらしい。と言いつつ例の如くじゃんけんで勝ったチョコバナナを二本食べたらしいが。やばい今日めっちゃ食ってると言う彼女はしかし焼きそばを受け取りながらにこにこ笑っていた。かき氷は青りんご味がおすすめなんだそうだ。
休憩場にポツンと置かれている自販機でアクエリを買い、さっきと同じベンチに座った。今度はさっきよりも自然に座ることができた。途中から来た俺に気を遣ってか、もっと行きたいお店とかないのかと聞いてくるに無いなと答える。実際今まで祭りに来てもやることはナンパか食い歩きくらいだ。俺は至って健全な男子高校生である。

「そう、ならいいんだけど、ゆりこちゃんが折角のお祭り楽しめないのは申し訳ない」と焼きそばを頬張るを横目で見、それから自分の足元に視線を戻した。
いいんだよ。おまえの顔を見れただけでも来た甲斐があったんだ。まさかそんなことは言えず、どうでもよかったけれどふと思ったことをそのまま口に出して冒頭に戻る。は以前俺に自分の行動範囲云々の話をしたことを思い出したのか、ああ、と合点がいったような返事をした。


「うん。でもさあ、あまりに実りのない夏休みだったから何か大きいことしたくて」
「実りなかったのか」
「なかったー全然なかった。ずっと家でごろごろして、勉強と、あ、友達と遊んだのは楽しかったなあ。お買い物とか。夏のバーゲン素晴らしかった。あと映画三回見に行ったよ。タイムスリップしちゃう話のすきだったなあ」


とりとめない彼女の夏休みの話に、何も言わずに耳を傾ける。俺が知りたかったことを勝手に話すの横顔は暗闇に慣れてきた目にほとんどはっきり見え、実りがなかったという割には表情は柔らかく笑みを浮かべていたのできっと出来事を一つ一つ思い浮かべながら話しているのだろうと思った。すきなものが多い彼女は実りのない夏休みをそれでも楽しんだのだろう。多分五日後にも聞けた内容だけれど、こうして今聞くことができてよかったと思う。おそらくこの一ヶ月の間で彼女が俺を考えた時間は数分もなかったのだろうけれど、それも許してやろうという気になった。


「でも、どーんって大きいことしなかったからやっぱり虚しくてさあ。電車使うような場所のお祭りってなかなか行ったことなかったんだけど、なんか壮大かもと思って。友達に頼んでねえ、浴衣も髪の毛もやってもらったんだ」
「へえ…化粧もしてもらったのか?」
「…うん」


いつもはしていないそれが薄く施されているのを俺は気付いていた。面倒見のいい友人なのだろう。いつか知り合う機会があったら是非謝辞を述べたいくらいだった。俺の台詞が皮肉っぽく聞こえたのか、は肩をすくめて笑った。自分が慣れないことをしてると思っているんだろうな。


「そんなおめかししちゃってどうするんだ」
「…だよねえ」


着飾った彼女はもしかしたら、偶然会うという可能性のあった黄瀬の為に、馴染みのないそれをしたのかもしれない。珍しくもへこんだ様子のを見て途端に奴への対抗心がぶり返して来た。俺が見ていることに気付け。もっと俺に関心を寄せろよ。


「まあ、確かに可愛いと思うが」
「…!」


途端、彼女の顔が真っ赤になった。
暗がりに慣れた目は容易にそれを捉える。あまりの想定外のリアクションに思わず目を見開いてしまった。


「…お、…ありがとう…」
「…おお…」


え、なにその反応。伝染してこっちまで顔に熱が集まってくる。ほとんど同時にお互い背けただろう。視界から彼女が消えても脳裏に焼き付いた表情が頭から離れない。あんな顔初めて見た。
おい、この状況どうする、と沸いた頭で思考を巡らせていると、隣のがはあ、と息を吐いたのが聞こえた。


「ゆりこちゃんに初めて褒められた」


声音からわかった。もう笑っている。ちらりと顔を向けると彼女はさっき話していたときと同じように前を向いていた。予想通り、いつものように笑っていた。もう調子を取り戻したようだ。どうするとか焦ったがいざ元通りになるとなんだかもったいないことをした気分になる。もしかしてこいつ、単に褒められ慣れてないだけとかそういうアレか。彼女の呟きは思い返してみれば事実で、今までのこいつの言動に褒められたところが何一つなかったのがいけないので仕方ないだろうと思う。


「…確かにな」


でもそれだけであんな反応するなら、いくらでも本当のことを言って褒めてやるのに。
の頬はまだほんのり赤かった。