インターハイがベスト8という悔しい結果に終わった俺らは、しかしこの先に控えているウインターカップ予選へ向け気持ちを切り替え練習に励んでいた。思い返せば今年の夏も部活をしていた記憶しかない。その事実に気付かされた夏休み最後の土曜ももちろんのように練習試合をこなし、解散後も自主練をしていた。あと五日で学校が始まる。こうして俺の高校生活最後の夏休みは終わるのだ、と溜め息をついてしまうのも無理はないだろう。


「潤いが足りない…」
「森山先輩…頭大丈夫っスか?」


隣にいた黄瀬がナチュラルに引いた態度を取ってきたのでボールを投げつけてやった。くそ、どうして俺の横にいるのが黄瀬なんだ。どうせなら可愛い女の子がいい。そういえば今日試合見に来てたポニーテールの子可愛かったなあ、隣にいた二つ結びの子も可愛かった。ああいう可愛い子が隣にいてくれたら、………。別の思考に旅立ちかけたところで、下向きの視界に人影が映り込んできた。顔を上げるとそこにいたのはボールを二つ持った小堀で、どうやら黄瀬に投げつけたそれを拾ってくれたようだった。


「悪い、さんきゅ」
「いいや。シュート練はもういいのか?」
「あー、ちょっと休憩中」
「小堀先輩、森山先輩が女子欠乏症っス」
「ああ……黄瀬、早川と中村がおまえのこと呼んでたぞ」
「えっまじっスか。ありがとうございます」


小走りで二年の元へ行った黄瀬を目で追い終わると、小堀は振り返って苦笑いを向けてきた。嫌な予感はするが長年の慣れで両手を胸元まで上げ、ボールを受け取った。


「だからに連絡すればいいのに」
「(……ほらな)」


俺があの日可愛い子からの告白を断ったことも、悔しいことにに惚れてしまっていたことも、小堀と笠松には教えてある。笠松はあれ以来何も言ってこないが、小堀はそれを聞いてからちょいちょい話を振ってくるようになった。純粋に応援してくれているのはわかる、が、こいつの助言は些かストレートすぎて実行は簡単じゃない。おそらく笠松の場合は心をバキッと折るようなことを真顔で言ってきそうだから(この話をしたとき彼は「でもそいつ、黄瀬をすきなんじゃないのか?」と言ってきた)それに比べればマシなのだが、いかんせん両者の言うことは間違ってはいないから厄介だ。今の小堀の発言も例に漏れず、練習試合の度に可愛い子を探すよりも断然そっちの方が俺のこのもやもやは綺麗に払拭されるのだろう。だがそれは難しい。


「そうもいかないんだよ」
「そうか?だって脈ありかもなんだろ?」
「……まあ、あのときはそう思ったが」


待っていたあのときの彼女の表情や発言を考えると、もしかしたらとは思った。が、確定的な証拠らしきものはあれ以来姿を見せないし奴の黄瀬トークが止んだわけでもなかった。多分、の中で俺のポジションというのはかなり高い位置にあるのだろうけれど、それが俺の望んでいる場所かどうかは自信がない。夏休みにメールしていいか聞こうかと思ったがまるで下心があるのが見え見えな気がして口には出せなかった。散々適当にあしらっていた手前途端に態度を変えでもしたらすぐにバレそうで、しかもそれが逆効果な気がしてあからさまなことが出来ず、終業式が終わっても関係は何も変わらなかった。そしてそのまま、連絡も取らず会うこともなく一ヶ月以上が経っていた。


「森山が狙った女子に攻めあぐねているのは初めて見るな」
「…明らか今までと勝手が違うからな」
「まあどうせあと五日でまた会えるんだし、下手なことをしていつもみたいに滑るよりはいいんじゃないか?」
「おい、いつもみたいにってなんだ」
「そうだ、折角六人いるんだし三対三でミニゲームやろう。笠松に声掛けてくる」


華麗にシカトをしてみせた小堀はおそらく何も考えていないのだろう。温厚で善良な彼の唯一の欠点はその天然なところだと思う。ときに長所にもなるかもしれないが今の時点ではそうはなり得ない。本日二度目の溜め息をつき、俺もあとに続いた。

正直このひと月、の顔を見たくてしょうがなかった。帰宅部でインドアと豪語している彼女の行動範囲は基本家と近くのショッピングモールに限られているらしく、一、二年で夏休みに学校へ足を運んだことは一度もなかったそうだ。定期券は七月で切れるらしいし、どう考えても偶然遭遇、なんてイベントが発生するはずがなかった。だからせめてメールでも、と思ったが、業務連絡すらない状態で送るきっかけが掴めず、どう切り出してもやはり下心が文面に滲み出そうで、携帯と睨み合ったまま電源を切るという動作を何日繰り返したことか。結局一度も送れていないという事実に頭を抱えたくなる。女々しすぎるだろ自分。
そんな日々を越え、始業式まであと五日である。小堀の言う通りここまで来れたのだから残りの五日くらいどうにでも乗り越えられるだろう。煩悩を吹っ飛ばすためにも部活だ、という悪循環に飲み込まれていることには目を背けることにする。

と、何やら笠松の周りが騒がしいことに気が付いた。いつの間にか黄瀬と早川が彼に詰め寄っていて、一歩下がったところに中村と小堀が三人を間に挟んで立っている。


「笠松先輩いいじゃないっスかー!」
「行きましょう!」
「…つってもなあ…」
「ね、小堀先輩も行きたいっスよね?!」
「あー……」


話が読めない。五人の集団に近付き小堀に尋ねようとしたところで、目ざとく俺に気付いた黄瀬がいきなり肩をガッと掴んできた。痛えなんだこいつ、さっきのお返しか。


「森山先輩も今日の祭り行きたいっスよね?!」
「行こう笠松!!」


瞬間把握。ぐるっと顔を向けると我らが主将が難しい顔を更に険しくしたがそんなのは関係ない。隣の小堀も苦笑いを禁じ得ていないがそんなのも関係ない。


「ほら四対二!行きましょう笠松先輩!」


正確な日にちは知らなかったが、毎年夏休みの終わりに高校近くで祭りが開かれるのだ。今年からこちらに来た黄瀬は知らなくて、今さっき二年の二人から聞いたのだろう。自主練なんだから勝手に切り上げて行けばいいのにわざわざ三年まで誘うのは皆で行きたいからだろうか。随分慕われてるな。
しかし意気込みだけは黄瀬にも負ける気がしない。祭りといえば浴衣美人!ただのイベントというだけでなく俄然やる気が出るというものだ。


「行こう笠松!今年の夏も部活一色だった俺らに桃色の花添えを!」
「それ狙ってるのは森山さんだけですけどね」


後ろにいた中村の頭を軽く殴り、主将に向き直る。四人に押された笠松は一通り俺たちを見たあと、はあ、と息を吐いた。


「しょうがねえな…」


四人でハイタッチをしたのはこれが初めてだった。