俺の名前が苗字である女優がメジャーになったのは年単位で昔のことだ。今も有名でドラマのヒロインを張ることは多いが、それをネタにするのはもう古い。よって却下である。


「ゆりこちゃん」


何度もやめろと言っているのにも関わらずしつこく俺を呼び続けるそいつのせいで、最近じゃすっかり慣れてしまった自分から目を逸らす毎日だ。なぜ俺がこんな目に、というのは、ありがた迷惑な奇跡が起こりバスケ部員が俺一人というクラス編成とこのクラスに彼女を放り込んだ誰かさんのせいである。人生でクラス替えに悔やんだのは今年が初めてだ。彼女という存在さえなければ、バスケ部はいないものの男子のメンツはいいし女子のレベルも高いから大満足だったのに。実際こいつに目を付けられるまでそう思っていた。


「ゆりこちゃん」
「だからゆりこちゃんってのやめろって」
「もう慣れちゃったよ、そういうのは早く言って」
「……(それ金曜の俺の台詞)」


どうしてこの女はこうも人をイラッとさせるのが上手いのだろう。特技の欄に書いてもいいから発揮するのは俺以外にして頂きたい。言っておくが、もうずっと前から言ってる。正確には最初に呼ばれた時点で既に(やんわりとだが)やめてくれないかと言っている。が、おそらくこいつにそんな切り返しをしてものらりくらりとかわされるのがオチなので、賢い俺は無駄な労力を使わずに黙ることにした。俺の名前が苗字の女優をすきなこいつは彼女を友達みたいに呼びたいと言って俺の話を聞かない。確実にモテないそんなあだ名は言語道断で却下だが、あまりのネーミングセンスの無さにこいつ以外そう呼ぶ人間がいないのが唯一の救いだった。
最初こそ他の女子のように紳士的に接していた俺だったが割と早い段階で無駄だと確信してからはこいつに対する態度を一変させた。周りに悪印象を与えたら意味がないので加減はわきまえているつもりだが、前の席に座り俺の机を手のひらでトントンと叩いてくる彼女には基本素っ気ない態度を取るように努めている。ああこれが素直に可愛い子で、素直に俺と話したいって子だったら最高なのに。というのを繰り返して早何日だろうか。


「ねえゆりこちゃん、今日の素敵黄瀬くんエピソードは?」
「俺がいつそんな話をした。恒例みたいな言い方するな」


そんな楽しみにしてたのにみたいな顔しても無駄だからな。「特別盛らなくてもゆりこちゃんから見たまんまの黄瀬くんで十分かっこいいのに」とか何とか言っている彼女、はバスケ部エースの黄瀬涼太がすきだ。最早何と暴露されたかも覚えていないが、五月の半ば頃に突然その話題で話し掛けられたのだ。四月にも黄瀬狙いの女子に話し掛けられたことは何度かあり、嬉し悔しい気持ちでやむなく当事者の男にプロレス技をかけて鬱憤を晴らしたものだ。もちろん紹介も協力もしない俺たちに早々に諦めた彼女たちは、今は自分たちの力で黄瀬に近付こうとしているようだ。くそ、モデル爆発しろ。
つまり波に乗り遅れたのかは彼女たちとは違うタイミングで俺に声を掛けてきたというわけだ。まあそういう意外性とか全く嬉しくないのでうまく受け流そうとしたのだがスライム並に掴めないペースの彼女に気付けば流されていて今じゃ休み時間に絡まれオフの日の下校ですら付き纏われる始末である。おかげで可愛い女の子探しもナンパすることもままならない状況だ。これは由々しき事態である。なぜ俺がこいつに振り回されないといけないのか。



「ん?」
「黄瀬の話がしたいんなら俺じゃなくてもいいだろ。だったら別のクラスの部員紹介してやるからそっち行けよ」
「……なんでよ!」


途端に声を荒げたに目を瞬かせる。なんだ、嫌なのか?実は俺じゃないと嫌とかそういう…


「どうせ紹介するなら黄瀬くんにしてよ!」


うん、だよな。わかってた。…やっぱこいつ腹立つ。早く玉砕しろ。


「そもそもおまえみたいな奴を黄瀬がすきになるとは思わん」
「……ん?ゆりこちゃんに黄瀬くんの何がわかるの?」


至極不思議そうに問われ苛立ちは増すばかりである。逆に聞くがおまえに俺や黄瀬の何がわかるんだ。男心という観点からおまえを見たら確実にアウトだからな。存在が透けて見えるレベルでアウトだからな。全くときめかない。ときめく兆しがない。おまえの後ろにいる笹田さんがどんなに可愛いか。その隣にいる佐野さんも可愛い。そしては可愛くない。はっきりそう思うのに。


「あ、ゆりこちゃん今日オフ?」
「……ああ」
「じゃあ一緒に帰ろうね」


にこにこ笑うこいつを、なぜ俺は未だ振り払えないでいるのだ。

下校までの黄瀬トークに付き合う気分には毛頭なれないので歩くスピードは常にマックス、と言いたいところだが周りの目もあるので彼女に合わせて歩いてやる。最近俺に彼女が出来たとかいう噂が流れていたらしいがそれは全くのデタラメで俺はただ今フリーである。(今とか言って以前フリーじゃなかったことがあるのかと聞かれたら、悔しいことに首を振るのだが)つまり彼女は常に募集しているので間違ってもと歩いていることで周囲に誤解されたくない。そういうことなので隣に並ぶのはよそうといつもの二歩先を歩いていた。


「あっ」
「っ!」


すると突然が俺のブレザーの裾を引っ張ってきた。あまりの不意打ちのことで一瞬心臓が大きく跳ねてしまった。な、なんだ。「ゆりこちゃん見て」しかしその呼び名で一気に冷めたのだが。


「黄瀬くんだよ、かっこいー」
「…ああ、はいはい」


何かと思えばいつもと同じだった。何人か女の子に囲まれた状態で困りながらも帰っていく黄瀬は遠目からでもよく目立つ。ちくしょう軒並み可愛い子に囲まれやがって、羨ましい。ギリリと唇を噛んでいると立ち止まった俺の隣にが並んできた。…ああ、おまえは現実を見てさっさと諦めろ。あのレベルでも黄瀬はなびかないんだぞ、おまえなんか視界にも入らないからな、と斜め上から見下ろしてやった。
てっきり落胆の色を見せると思っていたそいつの目は、予想外にもきらきらしていた。それを見て、無意識に唇を噛むのをやめた。


「かっこいいなー、良く言えばシンプル、悪く言えば地味なうちの制服をあんなにかっこよく着こなせるのはイケメンだからこそだよねゆりこちゃん!」
「おいどういう意味だ」


きらきらの目は黄瀬から逸らされない。それが何故かむかついた。おまえの目には黄瀬しか映ってないのか。んなこと許すか、こっち見ろ。頭の中でそんなことが巡って、衝動的にぐいっと耳を引っ張った。「いたっ」右耳を押さえて見上げてくると目が合い、俺は大変満足した。
大体、黄瀬が来てからはご無沙汰だが、前は俺もかっこいいとかイケメンだとか言われていたのだ。なのにモテないのはどうしてだコラ。俺も女の子に囲まれたい。


「俺だってイケメンって言われてんだぞ」
「……ぶはっ」
「おい」


なぜ笑う。口を大きく開けたの額をべしっと叩いてやると奴はさっきと同じリアクションをしてそこを押さえた。


「おまえは俺に彼女ができるまでは絶対に黄瀬とくっつけさせないからな」
「…まじかあ」


だからなんでそんな笑ってるんだおまえは。