ボールを放った瞬間外れるとわかった。案の定それはゴールリングに盛大にぶつかり大きく跳ね遠くに飛んでいく。ひたすら溜まっていくフラストレーションに舌打ちをしながら、俺は仕方なくその足で体育館の隅へ転がっていったボールを拾いに行った。くそ、あーもう、むしろ今日何本シュート決まった?外した数と共に数字にしたら更に落ち込みそうだったのでそこで考えるのをやめる。壁から跳ね返ってきたそれを拾い腰を屈めたところで、シュート練習のあとのメニューでも監督と話し合っていたのだろう、笠松がボールを脇に抱えてこちらに歩いてきたのに気が付いた。顔を上げ目が合うと、ひどく呆れた様子でため息をつかれた。


「おまえいくらなんでもいちいち影響受けすぎだろ…」
「……」


罰が悪くて目を伏せた。言い返す言葉が見当たらない。こんなことは前にもあったし、原因は自分でもわかっている。無意識にボールの黒い線に指を這わせた。落ち着かない。


「今まで振られて落ち込んだってこっちに影響出るようなことなかったじゃねえか。どうしたんだよ」
「…本当にな」


笠松の言うことは間違っていない。失恋でこんな風になったことは、今までで一度もなかった。自嘲気味に笑みを浮かべ、笠松の早く何とかしろよとの声に曖昧に頷いた。
昼休みのことを引きずっているのだ。いちいちバスケに影響出してたらキリがないというのに、シュートはまるで決まらないしミニゲームをしても集中は散漫になるしパスはカットされまくるわファンブルしまくるわで自分でもどうかしていると思う。笠松と同じようにはあ、と溜め息をつくと彼は「顔洗って来い」と暗に気分転換の時間をくれたので、お言葉に甘えて体育館から出ることにした。




「あ、ゆりこちゃん」
「…?!」


外の水道に向かう途中掛けられた声に本気で驚いた。振り返った先にはやはりがいて、しかし彼女の態度があまりにも普段と変わりなく、しばらくしてから今こいつと微妙に気まずい雰囲気になってるんだよな、と思い出すくらいでどう応対すればいいのかわからずうろたえた。駆け寄ってくる彼女が何を考えているのかわからない。確かにこいつは昼休み、あのあと何事もなかったように購買に行き何事もなかったようにルーズリーフを買い、帰りのホームルームのあともいつも通りばいばいと手を振ってきた。どういうつもりだ、なかったことにする気か?ていうかこいつ、なんでこの時間にこんなとこにいるんだ。


「委員会あったんだー」
「ああ、そうだったのか。随分長かったんだな」
「ううん。三十分くらいで終わったんだけどね。そのあとバスケ部覗いてた」
「へえ、……は?!」


今何て言った?覗いてた?バスケ部を、って、本当に?て、ことは、……「ゆりこちゃんたちシュートの練習してたね」嫌な汗が背中を伝う。全っ然駄目だったところ見られた。うわ、かっこわる。思わず口を隠した。はそんな俺に気付いていないのか、俺を見上げながらいつもと同じように瞬きをしたあと、ふっと目を伏せた。「それでさあ」間延びした声もいつも通りだった。だから俺は、続く彼女の言葉に心構えができなかったのだ。


「わたし考えたんだけどね、黄瀬くんは何というか、かっこいいって思ってただけなんだなあと」
「……は?」
「そういう意味ではすきだけど、ゆりこちゃんとは違うというかね」


今度は俺が瞬きをする番だった。思考回路が一度プツンと途切れ、それからまた稼働し出す。かっこいいって思ってただけ、で、俺とは違う、ということはつまり、………


「……なんだよおまえ!」
「おお」
「おま、ほんとなあああ…」
「わははは」


明かされた事実にもう一気にぶわっと疲労やら安堵やらいろんなものが湧いてきて、思わずその場にしゃがみこんでしまった。なんだよそれ、なんだよ。両手で覆って顔が赤いのを隠す。なんだよ、とか思うけれど、黄瀬については案外納得してしまえた。こいつが黄瀬を見る、きらきらしたあの目は、憧れだったのだと。あのとき彼女には黄瀬が一番かっこよく映っていたのだろう。それで、今は俺を、……。しばらくしてから、はあ、と息を吐く。よかったと安堵の気持ちが大きすぎるが、それでも俺の昨日今日の気苦労をどうしてくれる、との思いもないわけではないわけで、半ば恨むように見上げてもは依然にこにこと笑っているものだからどうにか一矢報いてやりたいと思った。


「…俺がすきなのはおまえだからな」


おまえ、俺が女の子に目がないとか言ったけど、それよりも俺は本当におまえがすきなんだよ。さすがにそこまでは言えなかったが、は目を見開いたと思ったらみるみる内に顔が赤くなっていった。それを見て、成功したと思うと同時に、ああ、と目を細める。こいつがまだ黄瀬をすきなんじゃないかなんて、疑うだけ無駄だったのだと。俺だけが振り回されていると思っていたけれど、俺もこいつをそうできているのかもしれない。眉尻を下げ笑う彼女の表情がとても幸福をはらんでいるように見えた。


「わたしもゆりこちゃんがすきだよ」


その言葉が、俺にとって十分だと思わせる。多分、当分は敵わない。