08

(こ、ここにいてはダメだ……)


 部屋に充満した狂気から逃げるように作戦室を飛び出す。広い通路まで走り、新鮮な空気を肺いっぱいに吸い込む。……はあ。危ない、あのままずっといたらわたしまで発狂してしまうとこだった。振り返り、大事な作戦室を思う。まだ話し合いたいことはあったけど、そうも言ってられないか。試合までのあと三十分はラウンジで気分転換してよう。そう決め、ワイシャツの袖をまくりながら向かった。


「あっ」


 売店でお茶を買い日当たりのいいテーブル席を探していると、一番隅っこの席に座る三輪くんを発見した。この時間では空席も目立っていたけれど三輪くんがいるのなら選択肢は一つだ。ダッシュで駆け寄る。騒がしい足音に気付いたらしい三輪くんが顔を上げ、わたしを見て少し目を見開いた。


「おまえか」
「三輪くん、相席いい?」
「ああ」


 最初の頃はどっか行けと言わんばかりの眼差しを頂いていたものだが、今ではこうしてすんなり許可してくれる。こういうところが三輪くんと友達になったと思う所以である。
 三輪くんは読みかけの本をパタンと閉じ、正面に座ったわたしの格好に目を遣った。ネクタイもジャケットも身に付けてないけれど、立派なオペレーターの制服である。


「ランク戦はこれからか」
「そう!あと三十分くらいで」
「作戦室にいなくていいのか。大事な試合なんだろ」
「そ、そうなんだけど……」


 きまりが悪くて手をいじる。今日の対戦が決まってから、三輪くんには散々やばいやばいと喚いた。なので彼はよく知っているのだ。今日の試合が、わたしたちにとってどれだけ重要な意味を持つのか。にもかかわらず作戦室に籠もれないのにも訳があるので許してほしい。わたしだってできればいたかったんだよ……。


「那須隊の対策はできたのか」
「ぐっ」
「おい。いくら目標の部隊だからっていつまで浮き足立ってるつもりだ」
「だってー……」


 そう、今日の対戦相手である那須隊はわたしたちの憧れのチームだ。ガールズチームの加古隊ももちろんだけど、那須隊は学年が近くうちと同じポジションで構成されていて何かと共通点が多く、結成以来ずっと目標にしているのだ。
 その憧れの那須隊と戦うことになったのは本当に偶然だった。那須隊は大抵B級中位にいるチームなので、未だ最下位に常駐しているわたしたちには当分手の届かない存在だと思っていた。しかし、この間のランク戦で下位グループのチームが大量得点を挙げ中位に切り込み、代わりにたまたまそのとき中位で一番低い順位だった那須隊が下位グループに繰り下がった。そして偶然、わたしたちと那須隊を含む三グループの試合が本日決行されることになったのだ。
 きっと那須隊が下位グループにいるのは今日だけだ。今シーズン試合ができるのは今日限り。そんなレア感が更にわたしたちの足を浮き立たせた。メンバー全員が先週の土曜から極度の緊張状態に置かれ、今も作戦室ではチームメイトが奇行を繰り広げているのだ。


「結局熊谷にも挨拶できなかったんだろ。そんな調子でどうする気だ」
「そうなんだよー。未だにまともに会話したことがない……同じ学校なのに……お話ししたい」


 熊谷さんとは同じ一高に通ってるのに、見かけるたび緊張してしまってロクに話せた試しがない。対戦が決まったのをきっかけに話せるようになりたいと思って踏み出すもいざ目の前にすると逃げの一択しかなかった。
 そういえば去年、三輪くんに「弟子入りなら熊谷にすればいい」と薦められたことがあった。けれど、その頃にはもう絶対に三輪くんがいいと決めていたし、当時すでに熊谷さんに憧れていたチームメイトの攻撃手にも申し訳ない気がして首を振ったのだった。

 三輪くんの言う通り、こんな状態で試合ができるのか。参ったと眉尻を下げるわたしに三輪くんは呆れるかと思いきや、なにやら神妙な顔でじっと見つめていた。


「……随分意識してるんだな」
「憧れなんだよ大目に見てくれ〜……」
「いや、那須隊だけじゃないか。この間だっておまえは出水と親しげだったし、そういえば陽介ともわりかし仲がいい」
「……ん?え?」


 三輪くんがなにやら一人でぶつぶつ唱え出したではないか。あれ、わたしに話しかけてたんじゃないのか……?!


「そう考えると、やっぱり俺だけではないんだな」


 得心したように真っ直ぐわたしを見て言う。開いた口が塞がらなかった。
 も、もしかして三輪くん、那須隊や出水くんたちにやきもち妬いてるのか……?わたしが三輪くん以外の人を意識してるから?うそ、あの三輪くんが!カーッと顔に熱が集まる。熱い。絶対顔真っ赤だ。


「や、わたしは三輪くんが一番……その……」


 俯いて手元の飲み物に指を這わせる。
 今がチャンスだろうか。告白したら、わたしの望んだ返事がもらえるだろうか。心臓がバクバクと高鳴る。ちょっと死にそうだ。
 俯いたまま、チラッと目だけで三輪くんの顔を盗み見る。が、何を言いたいのかわからないとでも言うかのように訝しげに見つめる彼と目が合った。………。


「……なんでもない、です」
「は?」


 勢いはしゅるしゅるとしぼんでいく。だって三輪くんがあまりにも察してないから――いや、人のせいにするのはよくない。ちょっと、今はまだ勇気が出なかったのだ。


「じ、じゃあわたし行くね!」
「……ああ」


 お茶の容器を持って席を立ち、逃げるようにラウンジを出た。頬はまだ熱い。手で扇ぎながら作戦室への道を戻る。

 もしかしたら、わたしが思ってるより三輪くんはわたしに関心があるんじゃないか。友達以上に思ってくれてるんじゃないか。そんな脈を感じて気分は高揚するばかりだ。どうしよう、どうしようすっごく嬉しい。たぶん今、涙目だ。

 だってわたし、三輪くんが言ってほしいことなら何だって言ってあげたい。一番は何より君だって、わかりきったことでも伝えたいよ。