07

 夕方の防衛任務に合わせて作戦室に向かうと、入り口から飛び出してきたと出くわした。


「あっ三輪くん!」
「いたのか」
「うん! 今からランク戦!」


 最近ではが土日の防衛任務に同席しないことは少なく、ランク戦がなければ大抵月見さんの隣に座り指導を受けるようになっていた。今日は土曜だが、試合は昼の部だと言っていた。ならばなぜ、と問う前に、が興奮気味に口を開く。


「夜の試合結果で水曜の運命が変わるんだ!だから隊のみんなで観に行くの!」
「運命……?」
「そう!じゃあ、三輪くん防衛任務がんばってね!」
「……ああ」


 手を振り駆けていくをなんとなく目で追い、通路の角を曲がって姿が見えなくなったところで作戦室に入った。わざわざ深く聞く気にはならなかった。
 がいたことから月見さんが既にいることはわかっていた。オペレーターデスクのある個室から広間に戻ってきた彼女と目が合い、向こうからの挨拶を返す。


ちゃんと会った?」
「はい」
「ならよかった」
「何がですか?」
「今日はもう来ないらしいから。可哀想かと思って」
「可哀想?誰が」
「三輪くんよ」


「は?」思わず口を開けてしまう。今まで月見さんとのやりとりで意思疎通が上手くいかなかったことはほとんど記憶にない。しかし、まさに今、自分の中で聡明だと評価している彼女が、どういう意味でそれを言ったのかわからなかった。可哀想?俺が?なぜ。
 ――に会えなかったら可哀想ということか?まさか、そんなことどうでもいい。憐れまれる筋合いはない。何より、理由はどうであれ、憐憫の類を向けられることに嫌悪感を抱く自分には居心地が悪かった。無意識に歯を食いしばる。


「勘違いしているかもしれませんが、俺はを重要視していません」
「そう。可哀想ね」


 だから誰がだ。
 実際のところ、俺はと遭遇したため月見さんの言う「可哀想」なことにはなっていない。そのため月見さんも本当に俺を憐れむような目では見ていなかった。だから俺も冷静でいられたのだ。
俺はを重要視していない。けれど、向こうは俺を重要視していると思っていた。やたら俺にばかり絡みに来るところからそう認識していたのだ。だが、この間ラウンジでのあいつと出水を見てから、そうとも限らないと思い直していた。だとしても俺には何の問題もないだろう。


「……というか、むしろ入り浸りすぎなくらいだ。邪魔だったらすぐに追い出してください」
「あら、三輪くんの頼みだもの。そんなことしないわ」
「俺は何も言ってません。あいつが一人で言い出しただけです」
「でもちゃん、自分が言い出さなくても三輪くんが提案してくれたと思うって言ってたわよ」
「それはあいつの勝手な想像です」


 また余計なことを。あいつの一人で盛り上がる才能はどこで磨いてきたんだ。
はたびたび、俺の考えていることがわかると言う。その割には飛躍した見当違いな解釈をされることが多々あるので、思考が読まれているという危機感は抱いてなかった。否定したところで聞く耳を持たないので俺の対処方針は放置の方向に固まっている。つまるところ、勝手にしろということだ。
 確かにあのとき、オペレーターの誰かに協力を仰ぐべきだろうとは考えていた。すぐ人に頼ろうとする奴はすきじゃないが、あいつの場合誰かが見ていないと間違った方向へ突き進むきらいがある。だから誰かの指南があった方が為になると思っただけだ。まさか自分の隊のオペレーターに任せようとは微塵も思っていなかった。


「まあ、あの子は戦闘員だったんでしょう?攻撃手としてのノウハウは武器になると思うわ」
「一年かけて2360ポイントしか稼げない程度のそれが通用するとは思えませんが」
「よく覚えてるのね?」


 小さく笑う月見さんと目が合う。バツが悪くてすぐに逸らす。


「……最後の試合をたまたま見ていたからです」


 そう俺の脳はこんなくだらないことを覚えている。忘れてはいけないことが数え切れないほどあるのに、どこにそんな余裕があるというのか。