06

 B級ランク戦夜の部を控えたわたしは観覧室前の通路をうろうろしていた。


「どうしよう……」


 思わず情けない台詞が口をつく。藁にもすがる思いで見回すけれど目に入るのはC級隊員の画一された隊服ばかりで求めている姿は一向に見えない。いつもなら何人かは来るはずなのに今日に限ってなんで、と自分の不運を恨めしく思いながら腕時計を確認する。開始まであと十分。いっそラウンジまで行って探そうか。脳内でシミュレーションをし、全力疾走ならギリ間に合うとの結果が出た。足を踏みだ――「あれ?じゃん」


「え?」


 通路の向かいから歩いてくる誰かに名前を呼ばれた。パッと振り返る


「出水くん!と、三輪くん!」


 なんとそこには救世主が!マッハで駆け出し二人の目の前で立ち止まる。


「もしかして観戦しにきた?!」
「おー。防衛任務終わって模擬戦やって、んで暇だからってんで」


 親指と人さし指を順に折った手のひらをヒラヒラと振る出水くん。――きた!わたしは感動のあまり、両手でその手をガシッと掴んだ。「へ」固まる出水くんにお構いなしに詰め寄る。


「一緒に解説してください!」


 何を隠そう、今日の夜の部はわたしの実況デビュー戦なのだ。解説席に座るのはあらかじめ都合をつけてもらっていたB級の人たちの予定だったのだけれど、そのどちらもが夏風邪をひいてダウンしてしまったそうなのだ。急遽代役を探すことになったわたしはどうしたものかと頭を抱えていた。そこに現れたのが、頼れるA級隊員の二人だった。
 事情を説明すると出水くんはそれなら仕方ないと了承してくれた。のだけど、三輪くんは簡単に頷かなかった。もともとキャラ的に不向きなのだろう、前シーズンでも彼が解説席に座っているのは見たことがなかった。だとしても、隊員が二人はいてくれないと格好がつかない。パンッと手を合わせ頭を下げる。


「お願いします!」
「他を当たれ」
「も、もう時間ない……」
「陽介なら作戦室にいる。呼べばすぐ来るだろ」
「来たがってたあいつイスに縛り付けて課題やらせてんのおまえだろー」


 出水くんのアシストによりわたし対三輪くんの均衡が崩れかける。「座ってるだけでいいので!」その隙をつき一気に畳み掛けると、思いっきり嫌そうに顔をしかめた三輪くんは、ややあって観念したように、はあと溜め息をついたのだった。


「……わかった」


 その場で飛び跳ねたのは許してほしい。





『ボーダーのみなさんこんばんは。佐久間隊オペレーターのです。B級ランク戦五日目、夜の部が間もなく始まります。解説は、えー……弾バカでおなじみ太刀川隊の出水くん』
『おいコラ全然なじんでねーから。よろしく』
『そして、高校二年生にしてA級隊長を務めるクロスレンジオールラウンダー三輪隊の三輪くんです!』
『……どうも』
『以上のメンバーでお送りします!』
『おれとの差やばいな』


 モニターに向かって左からわたし、出水くん、三輪くんの順に座る。試合の準備が整うのを待ちながら、カタカタと小さく震える指を握り込む。緊張してる。こんな人前でマイクを通してしゃべった経験なんてないから、ものすごく緊張してる。出水くんのツッコミに反応する余裕もないほどだ。


『あっ、三チームの転送が完了しました。――試合開始です!』


 画面の中に隊員が現れたのを確認しアナウンスする。ここからは試合の動きに合わせて実況していかなくちゃいけない。自分の試合でさえいっぱいいっぱいなのに他の人のを見てどうこうしゃべることができるのか。背中の冷や汗はさっきから止まらない。月見さんにはすきにやっていいってアドバイスをもらってるけど、実況のイメージもつかないのにすきにも何もないというのが現実だった。
 三チーム九人がそれぞれ動き出す。初めて見る地形だ。斜面に沿って住宅地が並んでいる。わたしのチームは毎回地形選択権があるけれど、決まって市街地Aを選ぶのでそもそも考えたことがない。パネルに目を落とし確認する。


『市街地C……?』
『狙撃手有利の地形だな』
『そうなんですか?』
『どう見たってそうだろ。狙撃手が上取れたら射線通り放題』
『な、なるほど……』


 出水くんにわかりやすい解説を承る。最下位のチームはまさしくそれを狙っていたようだ。モニターには狙撃手たちが一目散に上へ走る姿が映る。


『出水くんの言う通りですね。狙撃手じゃない人はどうするのが定石なんですか?』
『高台に行かれるまでに叩きたいとこだけど、敵は大体バッグワーム装備してるだろうから位置は掴めないだろうし、転送位置はある程度全員離れてるから接触は難しい。上目指してそこで叩くことになんじゃねーの』
『へえー……』


 やはりA級一位の部隊なだけあって言うことは的確だ。狙撃手以外の隊員もほとんど上を目指している。


『あっ!』


 思わず声を上げる。たまたま同じ道を使おうとした別チームの攻撃手同士が鉢合わせたのだ。当然、戦闘が始まる。


『おーいいねいいね。まだ誰も上に着いてないから狙撃手の援護は入らない。サシでやるなら今のうちだな。片方のチームは狙撃手いないし是非ともって感じか』
『バッグワームは外しましたね』
『まあそこはシールド優先だろ』


 他の隊員は着々と上へ登りつめている。到着するまでに鉢合わせそうなのはこの二人だけのようだ。
 弧月とスコーピオンが激しくぶつかる。受け太刀、かわしたりと、互角の勝負じゃないだろうか。


『うわー、すごい』
『て、感想かよ。三輪は起きてる?』
『勝手に寝かせるな』
『マジで黙ってんだもん』
『三輪くんも何かあったらすきにしゃべってい――』


 三輪くんがしゃべったことが嬉しくて身を乗り出して言うと、被せるように画面の中で動きがあった。弧月の使い手が相手の胴を大きく斬ったのだ。『戦闘体活動限界。緊急脱出』スコーピオンの使い手が光となりフィールドから退場する。


『あ、え、えっと』


 緊急脱出した隊員の名前を確認しアナウンスする。これで相手には一点入った。おお、得点が動いた!


『狙撃手不在のチームが得点したね!計画通りってやつかな?!』
『そーだなー……』
『これで終わればな』
『え?』


 出水くんだけでなく三輪くんまでなにやら意味深な表情を浮かべている。首をかしげ目を瞬かせる。と、同じ画面の中で突然大きな爆発が起きた


『えっ?!』
『トラップ成功だな』
『ああ。だが緊急脱出には持っていけなかった』
『え?え?』


 土煙が収まると、そこでは生き残ったはずの隊員が崩れた民家の下敷きになっていた。何があったんだ?狙撃?とっさに手元のパネルで位置情報を確認するも『さっき脱落した奴のトラップだって』と出水くんに止められてしまった。……トラップ?


『脱落間際に炸裂弾のトラップ仕掛けてたんだよ。間一髪で直撃は避けたけど、逃げた先が悪かったなー』
『道路はもろに射線が通るから咄嗟に避けたんだろう』
『……あ、なるほど、さっきの戦闘で壁が崩れた民家の中に逃げたら、爆発で家ごと崩れたってことか』
『そうそう』


 大きめの画面が切り替わり、高台での乱闘を映し出す。狙撃手と射手たちの大混戦が始まったようだ。反対に、斜面半ばで民家に潰された人は自分の力ではどうにもできなさそうだ。


『で、でもこれ大丈夫なの?動けそうもないけど……』
『上に着いてない相手チームの攻撃手が来てんな』
『え?!』
『味方の援護も今の状況じゃ望めない。自力で這い出せないなら緊急脱出が妥当だろう』
『え、緊急脱出?!』
『少なくとも敵に点は入らないからな。みすみす一点くれてやる義理はない』
『そっか、さすが三輪くん!』
『このオペレーター実況する気ある?』


 出水くんの白けたツッコミもよそに完全に観客としてマイクを使うわたし。この初実況は、のちに伝説の素人回としてC級隊員の間で語り継がれることになるのだった。





「二人とも本当にありがとうございました!」


 ラウンジで向かいに座る二人にお礼を述べる。二人の前に置かれた飲み物は、もちろんわたしのおごりだ。
 試合後の講評もなんとか乗り切り無事終えることができた。A級の手練れ感は伊達じゃなく、出水くんは慣れてるのかうまくわたしを動かしてくれた。出場チームから事前に作戦を聞いてたんじゃないかってくらい出水くんと三輪くんの言ったような展開になったのは本当に驚いた。試合前はどうなることかと思ったけど、助っ人がこの二人でよかったと心から思う。ホッとしているのだ。


「でも思ったより楽しかった!結構自由にやっていいんだね!」
「おれのフォロー……いやほとんどおれが仕切ったおかげだからな?!実況も試合後の講評も!」
「は、はい」


 まったくもってその通りだ。わたしぎゃーぎゃー騒いでなんでなんでの質問責めしただけだよ。実質的な進行まで出水くんに丸投げしていた。心なしかお疲れ気味の彼にすいませんと謝っておく。


「マジ実況は音声残んないの助かったわ」
「出水くんすごくうまいと思ったけど……」
「そういう問題じゃねえよ。あのグダグダっぷりが形に残んねーでよかったって話。は三輪としゃべってどんどんテンション上がってくし」
「えっ?!」
「は?」
「はい両者自覚なし。マジねーわ」


 このメンツとはもう解説席座りたくねえとまで言う出水くんに何と言葉をかけたらいいのか。わたしそんなわかりやすかったのか……全く気付かなかった。三輪くんも俺は関係ないだろうと言わんばかりに横目で出水くんを見ている。


「ま、いいや。おまえは実況の流れとかもっと勉強しとけよー。次もあんなんじゃ怒られんぞ、実況システム考案したオペレーターの子に」
「ま、まじか。がんばる」
「……ほんとって、いつもやることたくさんあって大変だなー」


 ニッと笑う出水くんに、肩をすくめて笑い返す。頼りになる友達だなあ。出水くんは天才肌だと、米屋くんに聞いたことがある。だから何をやっても半人前どころか四分の一人前程度のわたしの苦労なんて、よくわかんないんじゃないかなあ。でもこうして優しく励ましてくれるのは、彼の長所だと思う。

 そんな風にほっこりしていたので、わたしたちをじっと見つめる三輪くんの表情がやけに静かだったことに気が付かなかった。