05

「でこぼこ師弟コンビ復活か〜!」


 出水くんが愉快そうに笑う。昼休み、廊下で三輪くんを発見したわたしは米屋くんに用のある彼について行き二人の教室に赴いていた。そこでは丁度米屋くんが出水くんにわたしたちのことを話していたらしく、教室に入るなり盛大な拍手を頂いたのだった。
 師弟、そう師弟……!滅多に言われないことなので照れてしまう。


「えへへありがとー」
「誰がいつ師匠になった」
「あれ?!わたしオペレーターになっても心の師匠は永遠に三輪くんだよ!」
「ふざけるな。本気で迷惑だ」


 横目でギロリと睨まれてしまう。こ、怖い……。残念ながらこの件について三輪くんが折れる気配は一切ない。こんなときだけ素直なのだ三輪くんは。まあ確かに、一年頼み込んでも相手してもらった模擬戦の回数は両手の指の数程度だし、わたしは最終的に達したポイントが2500にも行かなかったくらいのヘッポコだから、これが弟子では三輪くんの評価がガタ落ちだろう。三輪くんがそこまで考えて拒否してるのかはわからないけど。だからわたしだって無闇やたらと言い触らすつもりなんてなくて、純粋に三輪くんをこの上なくリスペクトしてることが伝わればいいなあ、なんて思っているのだけど。伝わってたとしても快くは思っていないらしい。
 米屋くんへの用というのは防衛任務の時間が後ろにずれたことの連絡だった。開始時間が放課後くらいになったから、今日は早退しなくて済むのだそうだ。米屋くんが口をとがらせるも三輪くんは物ともせず、用は済んだと言わんばかりに踵を返してしまう。
 出水くんからおやつを勧められていたわたしは、頂こうとした手を引っ込め、やっぱいいやと言って三輪くんについていく。前に同じシチュエーションになってお菓子を持ったままついていったら、行儀が悪いと窘められてしまったことがあるのだ。その一件で学習したので同じ轍は踏むまいと頭を働かせたわけである。
 世間話でもしてけばいいのに。思ったけど、今日はそういう気分じゃないようだ。さっさと教室に戻りたそうな三輪くんのあとをついていく。三輪くんは一匹狼じゃないから、たまたま今日がこうだっただけで別の日は米屋くんたちとつるんでおしゃべりすることもある。
 三輪くんの考えてることがときどきわかるのは、何もわたしがすごいんじゃなくて、三輪くんがわかりやすいからだ。黙ってても、どうしようとしてるのか、どう思ってるのかが表に出てると思う。そういうのがわかるから、わたしはずぶずぶと三輪くんに溺れていったのかもしれない。


「おまえは残ればいいだろ」
「三輪くんいないなら残んないよー」
「……」


 眉をひそめて横目で見る三輪くんはわたしの真意を測りあぐねているのだろう。三輪くんは多分、わたしがあそこに残って米屋くんたちとおしゃべりを始めても一人で戻る。三輪くんにとってわたしは友達ではあると思うけど、その程度なのだ。わたしがいなくたって全然平気なんだろう。それが、嫌だったりする。
 唯一無二になりたいのだ。わたしの心の一部は三輪くんで構成されてるから、三輪くんの心もそうなってほしいと思ってる。それを、三輪くんは知らない。

 ねえねえ三輪くん、君がもう少しわたしに関心を持ってくれたなら、わかるんだけどなあ。だってわたし、こんなにわかりやすく愛情表現してるじゃない。


「おまえの考えてることはわからない」
「考えて考えて」
「……」


 あ、呆れた。どうでもいいんだろなあ。





 出水くんは今日オフらしい。直帰する彼と別れ、わたしと三輪くんと米屋くんはボーダー本部へと向かう。わたしは戦闘員の誰かと一緒なら警戒区域を悠々闊歩できるので、普段使っているもっと学校に近い連絡口をスルーして本部の出入り口まで向かうのだ。去年までは一人でもできたのだけど、オペレーターは戦闘用トリガーを携帯できないので運悪く近界民と遭遇してはひとたまりもなくなってしまった。もともと、訓練生時代のわたしが一人で近界民を倒せるかといったら非常に微妙なラインだったのだけど。とにかく、今はA級の二人がいるから怖いものなしなのだ。
 とか余裕をかましていたら、突如本部からサイレンが鳴り響いた。


『ゲート発生。ゲート発生。座標誘導誤差9.32』

「――え」


 だから目の前に突然ゲートが開いても、何も怖くな、ない――


「おっ!グッドタイミングじゃん」


 米屋くんの陽気な声に引きつった笑みを浮かべる。頭上に開いた球体のゲートから現れたのは捕獲用といわれる大型近界民だ。降り立った衝撃で大地が揺れる。「わっ」バランスを崩して尻餅をつ、きそうになったのを、そばにいた三輪くんが支えてくれた。


「おまえは隠れていろ」


 経験にない至近距離。目だけでこちらを見る彼のお顔がとても近い。腰に回された腕の感触があまりにリアルで、一瞬にして顔が真っ赤になった。「は、はい」自分の足で体勢を立て直すと背中を押され近界民から遠ざかる。


「陽介、につけ。近界民は俺が処理する」
「……はいよ」


 一目散に走り、十字路のコンクリート塀の陰に隠れそっと顔を出す。換装し槍型の弧月を携えた米屋くんがすぐに駆けつけてくれた。
 紫色の隊服に身を包んだ三輪くんが左手で拳銃を構え三発撃ち込む。鉛弾だ。六角柱の杭が近界民の動きを止め、バランスを保てず横たわったそれの口内にある弱点を弧月で串刺しにする。無駄のない、洗練された動きだった。


「三輪くん……」


 無意識に目を見開いていた。三輪くんが近界民を倒すところを見たのは生ではこれが初めてだ。模擬戦とは違う、彼のまとう空気が肌に刺さるような感覚。それはもう、自分が三輪くんの敵じゃなくてよかったと思わせるほどのプレッシャーだった。すごい、実戦だとこんな迫力なんだ。
 刺した弧月を引っこ抜く。近界民からトリオンが漏れ出ていくのをバックに、わずかに見えた三輪くんの横顔は、おとといの防衛任務から帰ってきた彼と同じだった。


「怖い?」
「え?」
「……秀次は近界民殺すことに執念燃やしてんじゃん?」


 それは、初めて聞いた。改めて三輪くんを見るとその瞳には確かに彼の言うような感情が見え隠れしていたので、嘘ではないと直感した。三輪くんは真面目な人だから、ボーダー隊員として入隊した以上、近界民の駆除が使命だと思っているのかもしれない。それを何となく、彼らしいなあと思うのだった。


「さ、行こうぜ」
「うん」


 換装を解いた米屋くんに促され、三輪くんの元へ戻る。彼もすでに生身に戻っていた。

 表情のない三輪くんと目が合う。どきりとした。悪い意味でだ。
 口を一文字に結んだ彼が何を思っているのか、まったくわからなかったのだ。