04
三輪くんについていった先の作戦室には、すでに戦闘体になった三輪隊の面々が揃っていた。 「三輪。遅かったな」 「お、なんでもいんの?」 奈良坂くんと米屋くんがこちらに向いて声をかける。二人に「少しな」と簡潔に返す三輪くんの大雑把さを目の当たりにして意外に思うも、彼の横顔が明らかにうんざりしていたので説明するのが面倒くさいだけだと察した。完全にわたしのせいだ。居た堪れなさに身を縮こめる。 「月見さん。こいつは春からB級のオペレーターになったです」 「ええ、陽介くんから聞いたわ。今日が初陣だったんだって?」 「は、初めましてと申します!」 「月見蓮よ。よろしく」 にこりと美しい笑顔をたたえた月見さんにハートはいとも容易く撃ち抜かれる。なんという美人……!噂には聞いてたけど、この人があのNO.1攻撃手の太刀川さんに戦術指導した人なんだ。余程できるオペレーターに違いない! 「あ、あの、わたしにオペレーターの指導つけてください!」 「ええ、いいわよ」 勢いよく頭を下げると二つ返事で頷いてくれた月見さん。すぐさま頭を上げる。 「うちの隊長の頼みだものね」 「いや、俺は何も」 「さ、そろそろ出立の時間よ。準備はできた?」 三輪くんが全部返す前に月見さんが遮る。それに顔をしかめた三輪くんは渋々といったようにポケットからトリガーを取り出し、トリオン体へと換装した。なるほど、隊の時間管理もオペレーターの大事な仕事なのか。わたしも防衛任務のときは三十分前行動をしよう。荷物の中からリングタイプのノートを取り出しメモを取る。三輪くんに待ってもらって作戦室での帰り支度は済んでいるし、チームメイトとはさっきの反省会で解散しているので今日はもう戻らないつもりだ。 準備の整った三輪隊が、隊長の三輪くんの先導で作戦室を出て行く。初めて見る光景に思わず見入ってしまう。三輪くんのあとに奈良坂くん、古寺くんが続き、最後尾の米屋くんがくるっと振り返る。 「そんじゃ行ってくんね、蓮さん、」 「いってらっしゃい」 「あ、き、気を付けてね! 三輪くんも!」 「おまえは時間を無駄にしないことだけを考えろ」 わずかに首を向け目だけで振り返った三輪くんに身も蓋もないことを言われてぐうの音も出ない。おそらく自分がわたしのせいで時間を無駄にしたことと掛けてるのだろう。目つきもなかなか鋭かった。しかし三輪くんの言うことはもっともなので、わたしはキリッと気を引き締め、月見さんの座っている席に後ろから回り込んだ。 「うわあ……」 「ランク戦とはまた違うからね」 「はい、講習会で見たことはあったんですけど……」 二つのモニターに映る情報量の多さに圧倒されてしまう。なってわかったことだけど、オペレーターが管理しなくてはいけないものの量は半端じゃない。地形を示すマップ、味方と敵の位置、レーダーの情報、本部との連携。自分の隊が何のトリガーチップを装備しているかなんかも、いつでも引き出せるようになっている。忙しなく動く月見さんの両指によってそれらは巧みに操られ、三輪くんたちのサポートがなされるのだ。しかも戦闘員の数も四人と最多だ。この指さばき、数時間前のわたしと比較したいよ。 と、月見さんの指の動きが小振りになったと思ったら、左の画面に、向こう一週間の三輪隊の防衛任務のスケジュールが表示された。素人のわたしにはこれが激務なのか楽な方なのか判別つかないけれど、ぱっと見たくさん入っているので学校と本部の行き来になりそうだと思った。 「放課後と土日だったらちゃんも同席できるでしょ?」 「えっ、同席していいんですか?! ありがとうございます!」 「オペレーターにだって師匠がいてもいいものね」 モニターに向く月見さんがどんな顔をしているのかわからなかったけど、声の調子は楽しそうに思えたのでわたしも大きく頷いた。月見さん、大人のお姉さんって感じでとても頼り甲斐のある人だ。いいなあ憧れるなあ、三輪くんはいつもこの人のサポートでお仕事してるんだ。思いながら、防衛任務でのオペレーターの仕事をできる限りメモしていく。時折現れるゲートと近界民に緊張しながらも、月見さんの安定した指示に惚れ惚れするのだった。 ◎ 数時間後、防衛任務を終えた三輪隊がB級の隊とバトンタッチして基地内に戻ったのがわかると、わたしは一気に脱力した。持ってきていいわよと言われて近くから拝借していたイスに深くもたれかかる。……な、なんかすごく疲れた……。いや本当に疲れてるのは月見さんの方だし現場に赴いていた三輪くんたちなんだけども。でも緊張感に包まれながらメモを取るのも楽じゃない。「為になったかしら?」インカムマイクを取り笑いかける月見さんにシャキンと背筋を伸ばす。 「はい、とても!ありがとうございました!」 「ならよかった。三輪くんに怒られないで済みそうね」 「あ、あはは」 思わず苦笑いしてしまう。また時間を無駄にしたのかと凄む三輪くんが容易に想像できてしまった。でも「また」というのはちょっと違うから、これはあくまで想像でしかないんだろう。もし三輪くんが怒るとしたら何て言うだろう? 顎に手を当て首をひねる。割と三輪くんに怒られ慣れてるけど、あまりしっくりくる言い回しは思いつかなかった。 などと思考の旅に立っていると、月見さんがクスクスと笑い出したではないか。ハッと我に返り彼女を見る。 「ごめんなさい。微笑ましくて、つい」 「ほほえましい、ですか?」 「ええ。あなたと三輪くん、一緒にいるのを見たのは初めてだったけど、不思議と居慣れてる雰囲気があったわ。仲が良いのね?」 「それは……はい!」 本人がいないのをいいことに元気よく頷く。きっと三輪くんが聞いたら否定するだろうけど、実際、わたしたちは親しい間柄だと思うのだ。弟子入りを拒絶されたとはいえ、高校では違うクラスでも結構話す仲だし(わたしが話しかけに行く)、訓練生時代は本部でしょっちゅう模擬戦を申し込んでたし(決行は三輪くんの気分次第)、見かければラウンジで話し込んだりもする(わたしが三輪くんの席に突撃する)。ほら、仲良しだ。三輪くん、素直じゃないから否定するけど、内心はわたしのこといい友達レベルには思ってくれてるんじゃないかなあ。 「三輪くんわたしのこと何か言ってますか?」 「え?んー……三輪くんはそうでもないかしら」 「あれ」 「ちゃんのことは秋頃から陽介くんに聞いてたわよ」 なるほど、そういえば月見さんがわたしのことを知ってたのも米屋くん情報だと言っていた。「米屋くんは何と?」三輪くんが何も言ってないのは少し残念だったけど、話してたとしてもロクな評価をされてないことは予想できるので良しとしよう。 「三輪くんに根気強く絡む女の子がいるって。妬けちゃうって言ってたわ」 「え?!そんな、米屋くん、わたしには三輪くんという心に決めた人が!」 「多分三輪くんの友だちとして言ったんだと思うけど」 「あ、ですよね」 早とちってしまった、恥ずかしい。米屋くんにすかれる要素ゼロです、ごめんなさい。申し訳なく思いながら両手で頬を包んで集まった熱を逃がしていると、月見さんはまたクスクスと笑った。 「三輪くんを心に決めてるのね?」 「は、はい。えへへ」 「いいじゃない、って言いたいところだけど……私には少しわからないかしら」 「え、」 「戦闘センスは光るものがあるけどね」 笑顔でのたまう月見さんにうろたえる。あんなに素敵な男の子なのに、月見さんのお眼鏡には適わないんだそうだ。三輪くん全肯定の自分としては理解に苦しんだ。やはりまだわたしの知らない彼がいるのか。しかし、もし月見さん視点の三輪くんが見えたとしてもときめく自信があるのは、ラブイズブラインドというやつなのかなあ。 「……でも、月見さんには絶対勝てないので、ずっと気付かないでください」 照れ臭くて肩をすくめる。もし月見さんがわたしと同じ気持ちになってしまったら死んでしまう。今日一日で身にしみたことだ。美人で、仕事もできて、親切。完敗だ。全く勝てる気がしない。そんな完璧人間の月見さんは、ちょっと呆気にとられたようにポカンと口を開けたあと、やっぱりクスクスと美しく笑うのだった。 「ただいまーっと」 「あ、米屋くん」 「お疲れさま」 換装を解いた米屋くんが今朝の私服で戻ってくる。続いて古寺くん、奈良坂くん。たまたまなのか出かけたのと綺麗に逆の順番で入ってくる彼らに内心ちょっと笑ってしまう。最後の三輪くんが戻ってきて、作戦室のシャッターが閉まる。 「まだいたのか」 「いたよ!とても為になりました!」 「それはよかったな」 ぶっきらぼうに返し、三輪くんは隣の部屋に姿を消した。べつに怒ってるわけじゃないけど、なんか殺気立ってるような。ああいう彼はあまり見たことがないのでどうするべきか対処に困った。仕方なさそうに息をついた米屋くんが、ソファに座り両手を頭の後ろで組む。 「がいたから張り切る秀次が見れた、とかあったら面白かったかもだけど、あいつに限ってそれはなかったなー」 「わたしも想像しがたいかな……」 「やっぱ?」 軽い調子で笑う米屋くんに合わせてわたしも笑う。張り切る三輪くんというのはどうにも映像化しづらい。張り切るという言葉に似つかわしくない男子高校生というのもなかなか珍しいんじゃないかと思うけど。 「お先失礼します」 そんなことを考えていると帰りの支度を整えた古寺くんと奈良坂くんが作戦室を出て行こうとしていた。会釈する彼らへお疲れさまと返す月見さんに倣って同じように返す。話したことがないわけじゃないけど、所詮は三輪くんと米屋くんつながりの交友関係だ。世間話をするほど仲は良くない。特に古寺くんは歳も違うし敬遠されてるのかもしれない。部外者が居座るもんじゃないなと今さらながらに罪悪感が芽生え、そそくさと身支度を始める。 「わたしも失礼しますね」 「ええ、お疲れさま。何か聞きたいことがあったらいつでも連絡して?」 いつの間に書いてくれたのか、月見さんの連絡先が書かれた可愛いメモ用紙を手渡された。「ありがとうございます……!」両手でありがたく受け取り、なくさないようすぐにファイルにしまう。三輪隊の次の防衛任務は明後日の午後からだ。平日だから、学校のあるわたしは早退できない。やっぱり防衛任務の見学は今日みたいな休日が適当だろう。でも、そうじゃなくても、月見さんに質問したいことは山ほどある。今日の出会いを大切にしようと心に誓った。 「あ、三輪くんも帰る?」 「……ああ」 「じゃあ帰ろ!」 タイミング良く奥の部屋から戻ってきた三輪くんを間髪入れず誘うと、一瞬顔をしかめたものの了承してもらえた。 「陽介と月見さんは」 「なに?オレも一緒に帰っていいの?」 「いいも何も同じ方向だろう」 「んじゃー帰るわ」 「私はちょっと用があるから」 ということで、三人で月見さんに挨拶をして作戦室をあとにした。帰り道はもっぱら今日のわたしへのダメ出しと明後日の学校についてだった。三人ともクラスが違うので共通の話題は多くはないのだけれど、来月に控える中間テストについてならいくらでも盛り上がれた。 このメンバーで本部からの帰宅となると最初に離脱するのは米屋くんだった。遠ざかる彼に大きく手を振り、今度は二人で帰路につく。外はもう夕日が沈みかけている。影が長い。 「なんかこういうの久しぶりだったから楽しかったなー」 「……」 「また前みたく話しかけていい?」 この二ヶ月忙殺されてたけど、これからはゆっくりできるだろう。少なくとも今までよりは自由時間があっても許されると思う。だから去年みたく仲良くしたい。そういう意味で言ったのが伝わったのだろう、三輪くんはわたしを一瞥してから進行方向に戻した。 「用があるときならな」 ああ三輪くん、構わないって顔してるね。嬉しくて思いっきり破顔してしまう。 「わかった!用がなくても話しかけるね!」 三輪くんは何言ってんだとでも言いたげな眼差しを向けるけれど、話しかけるなとは言ってない。わたしはときどき、三輪くんが黙っていても思ってることがわかるのだ。 |