03

 泣くと鼻が赤くなることは前に知った。
 抱え込んでいた足を下ろし壁に寄りかかったは先ほどの沈みきった表情から一変しどこか楽しげに笑っていた。一体何がそうさせたのか気にならないでもなかったが、わざわざ問うのは億劫だったため沈黙することにした。袖で何度も拭ったのか目元は赤くなっており痛々しくはあったものの、心持ちとしてはもう立ち直ったのだろう。特別切り替えが早い人間ではないが、落ち込んでいれば解決する問題でもないため次を考えることにしたのならそれでいいと思った。

 根性と探究心はある奴だ。戦闘員だった頃、模擬戦の相手をしてやったことは両手で足りるほどだったが、半ば俺のサンドバッグになっていたはそれでも折れることなく立ち向かってきた。どうすれば勝てるのか考える姿勢はよくうかがえたものの要領の悪いこいつに上達の兆しは一向に見られず、一年経っても昇格に必要な4000ポイントには遠く及ばなかった。
 最後に模擬戦の相手をしてやったのは去年の冬だった。いつものように十連敗を喫したは、個室から出てくるなり大泣きし始めた。大号泣こそ初めてだったが普段から泣き言を漏らす姿は度々目にしていたため特に動じることはなく、「負けたからって泣くな」と言い放った記憶がある。鼻を真っ赤にさせたはそのあともしばらくグズグズと泣いていたが。

 今思えば、あのとき泣いたのはチームメイトとのポイント差に焦っていたからだったのだろう。それから一ヶ月後の三月、は戦闘員を辞め、オペレーターになることを俺に告げたのだった。

 高二になってもクラスは違ったため廊下や本部で見かけた限りだが、酷く忙しそうにしているのは遠目からでもよくわかった。元々話しかける必要性のない間柄のため、今日呼び止められるまで二ヶ月以上言葉を交わしていなかったと思う。真正面から顔を合わせたのは久しぶりだと気付いたのは、作戦室へ向かうと別れてからだった。

 壁に寄りかかり、自分の足元を視界に映しながら口を開く。


「で、あんな無様な試合を見せてどうするつもりだったんだ」
「ぶざま……み、三輪くんが見てると思ったら頑張れる気がして」
「……なんだそれは?」


 問うてから顔をしかめる。理由も謎だがその結果があれか。聞くんじゃなかった、観たことを本気で後悔させられる。なぜか照れ臭そうにするそいつにうんざりした視線を向け溜め息をつく。途端に慌て出した彼女を無視し腕時計で時間を確認すると、防衛任務まであと一時間だった。


「三輪くん呆れてるね……?!け、結果はあれだったけど、三輪くんはわたしの心の支えなんだよ!」
「おまえの醜態が俺の責任みたいに聞こえる」
「そ、そんなつもりじゃないよー!」


 苦し紛れのには何も返さない。謎めいた言動は時折気になるものの、こいつの相手は気を遣わずに済むから楽だった。一度も認めていない師弟関係は一生否定するが、言動が俺の逆鱗に触れることは少なく、叩いても折れない頑丈さは評価できた。頭は悪くないはずだから、訓練を積み重ねていけばオペレーターとしては上達できるだろう。二試合目以降も実践は山ほど控えている。今回のランク戦で努力が結果に結びつかなくとも無駄にはなるまい。
と、今度は目を輝かせたそいつが視界に入る。


「三輪くん励ましてくれるの優しいね!」
「……何も言ってない」
「言わなくてもわかるよ!ありがとう頑張る!」


 満面の笑みで礼を言われ思わず顔をしかめる。適当なことを。一人で盛り上がるのこういったところは厄介だと思わせた。現に俺はべつに、おまえを励まそうとは思っていない。(……)微妙な気分になり、誤魔化すように口を開く。


「頑張るって何をどう頑張るつもりだ」
「え、えーと」
「オペレーターの講習は受けたんだろうな」
「それはもちろん!」


 胸を張るは流す。最低限の確認だ。聞かれること自体恥だと思え。
 とにかく、こいつが他に「頑張れる」ことといえば、あとは実戦を積み重ねるか他のオペレーターの指南を受けることくらいか。A級でもB級でもいい、上手いオペレーターに頼めたら学べることは多いはずだ。


「おまえ、オペレーターに知り合いは」
「いない……え、三輪くん、月見さんに謁見させてくれるの?!」
「……は?」


 こいつの虫の良さは才能か。