02

 やってしまった。とんでもない足の引っ張り方をした。

 本部の廊下の突き当たり、隅っこに設置されたベンチに膝を抱えて座り込む。オペレーターの換装体のままだったけどどうでもいい。
 試合の反省会はさっき終わった。結果は桃ちゃんの稼いだ1ポイントのみ。もちろん最下位のまま、わたしたちの順位に変動はなかった。隊長の桃ちゃんは土下座をするわたしに、今日はみんなに反省点があると言って怒らなかった。怒らなかったけど、誰がどう見ても戦犯はわたしだ。レーダー情報を間違えて攻撃手のシマちゃんの視界に表示させてしまった。最初の混戦のときタグを間違えてつけてしまった。あれがなければシマちゃんは1ポイント稼げてたはずだし桃ちゃんも動じず攻撃手と戦えてたし本来レーダー情報が欲しかった結子ちゃんはもっと上手に援護できてたはずなのだ。思えば思うほど情けない。なんであんな初歩的なミスを……何度も練習したのに……!

 いつもそうだ。緊張するとテンパって考えられないミスをしてしまう。C級時代の模擬戦や訓練でも何回も失敗した。自覚してるのに改善される気配はなく、オペレーターになって第一線から退いてもこれだ。ミスが連発した中盤、わたしは泣きべそをかきながら、なんとか立て直そうと頑張った。結果、終盤では何もするべきじゃないと悟った。その方がチームとして形になってたのが更に傷をえぐる。明らかにオペレーターとして使えなさすぎだった。


(三輪くんにも絶対呆れられた……)


 曲げた膝に顔をうずめる。一時間ほど前、本部の入り口でたまたま発見した三輪くんを捕まえ、観戦してもらうよう頼み込んだ。三輪くんが見てると思えば頑張れる気がしたのだ。誰よりも尊敬する彼の存在は、いつだってわたしの心の支えだから。

 三輪くんに弟子入りを志願したのは去年の春、戦闘員としてバリバリ頑張るぞと意気込んで模擬戦に挑み、見事三連敗を喫した頃だった。リーチが長い点に魅力を感じて弧月を選んだもののうまく使いこなせず首を傾げていたところに、上達方法の一つとして弟子入りという手段があることを耳にした。なるほどそれならばと一番に思い浮かんだのが、同じ高校に通う三輪隊の隊長さんだった。当時はまだボーダーの隊員をちゃんと把握できていなかったので、学校で見たことのある彼くらいしか当てがなかったのだ。
 翌日弟子入りを志願したものの、断るの一点張りで蹴散らされ、そこを何とかと食らいついていると米屋くんや出水くんに見つかり、二人が手引きしてくれたおかげでときどき模擬戦を受けてくれるようになった。三輪くんの多くを語らないクールなところがいたく気に入ったわたしは模擬戦以外でも積極的に絡みにいくようになり、クラスが違くても一番話す男友達は三輪くんになった。彼とは一緒にいて退屈しないし、不思議と落ち着くほどだった。
 もちろん三輪くんが練習に付き合ってくれたからといってわたしの実力がメキメキ伸びるわけもなく、一緒にチームを組もうと約束していた三人が正隊員に昇格する頃になっても依然2000ポイントの前半をさまよっていた。戦闘員としてのセンスのなさをようやく自覚したわたしは、昇格するまで待ってると言ってくれた三人に首を振ったのだった。

 もともとオペレーターの当てはなかったから、わたしさえ良ければと三人は了承してくれた。今まで面倒を見てくれた三輪くんには申し訳なかったけれど、わたしは第一線から退き、オペレーターの勉強を始めることにした。高二前の春休みのことだった。
 今まで何をしているのかいまいちわかってなかったオペレーターの仕事は、知ると意外と奥深くて楽しかった。しかし一番近い六月のランク戦に間に合わせるため急ピッチで仕上げていたので、その間三輪くんとはロクに話せずほとんど絶縁状態だった。そうでもしないと素人のわたしはオペレーターとして力になれなかったのだ。オペレーターのすることは思った以上に多い。状況に応じてやるべきことは増減し、まさに臨機応変を求められる役割を、血反吐を吐きながらも学び、講習や中央オペレーターの業務でなんとか形にしたのだ。ちょっとわたし、今年の春の記憶ないよ。

 そして今日、その成果を見てもらおうと三輪くんを誘った。即断られた。弟子入りした日を彷彿とさせるレベルでスッパリ断られた。けれどタイミングよく現れてくれた米屋くんの助けを借りてようやく、自分の成長した姿を見てもらうことに成功した、のに。


「あんなのじゃあ……」


 またじわりと涙がにじむ。あんなのじゃ、三輪くんに呆れられてしまう。いいとこ見せたかったのにどうしてこう駄目なんだ、「おい」――へ?声にバッと顔を上げる。


「人を無理やり誘っておいて終わったら雲隠れか。いいご身分だな」
「み、三輪くん」


 なんと。まさか。三輪くんがいるではないか。こんな通路に三輪くんがいる。袖でごしごしと涙を拭うもやっぱり本人だ。仏頂面でわたしを見てる。大きく溜め息をつき歩み寄る彼にハッとして逃げ道を探すも、残念、ここは自分で来た行き止まりだ。
 どうしよう。すっごく呆れてる。そりゃそうだ、無理やりあんな試合見せられていい気分になるわけない。今が模擬戦中だったら蹴り飛ばされてるレベルだ。いくら換装体だからってオペレーター相手にそんなことするとは思わないけど、いや三輪くんならあるいは……。


「あの、三輪くんごめんなさい……」
「まったくだ。予定通り模擬戦をしていた方が何百倍も有意義だった」
「ぐ……」


 歯に衣着せぬ物言いは二ヶ月ぶりだ。慣れた慣れたと思っていてもやっぱりきつい。言い返す余地がない辺り特に。


「ご、ごめんなさい」
「……ふん」


 鼻を鳴らす三輪くんをおずおずと見上げる。言い方はきついけど、でも怒ってはいなかった。だからわたしは調子に乗って、隣の座面をポンポンと叩く。


「ど、どうぞお座りください」


 言うと、三輪くんは少しだけ眉をひそめたあとコツコツと歩み寄り、「だらしないから足を抱え込むな」わたしの曲げた膝をペシンと叩いて腰を下ろした。立ち位置を掴み損ねてるように見えたのは正解だった。


「はあい……」


 わたしはちょっとくすぐったくて、落ち込んだ気分なんて吹っ飛んで、笑っちゃいながら足を床に下ろすのだった。