護廷隊全体に配布される通知文などは基本的に一番隊から二番隊へ回され、三番隊、と番号順に配られる。けれど任務や休暇などの不在を理由に例外は多々あり、順番が重要でない回覧物に関しては暗黙の了解で近所の隊舎だったり偶然会った人に渡してよいとされていた。
 今日は隊長と副隊長が席官の見舞いに行った際に卯ノ花隊長から回覧物を受け取ったらしく、何やら分厚い冊子を持って帰ってきた。結果的に順番通りではあるけれど、多忙な四番隊的には後者だろう。今日一番に会った他隊の死神に渡したに過ぎない。
 隊長から受け取ると、表紙で月例の虚討伐報告書であることがわかる。各隊の討伐件数の他、十三隊が遭遇した特異な能力を持つ虚についての報告が後ろについているのだ。今後の対策にもなるし、読んでいて勉強になるので毎回時間をかけて読む冊子だった。月報は何か月遅れかで各隊一冊ずつ配布されるので、先に目を通せるのは執務を担っている隊士のみとなる。印刷技術が現世並みに発達すれば部局の負担も減るだろうになあ。

 という話をしているとふと降ってきたのが、卯ノ花隊長から聞いたという流魂街でのとある事件だった。


「住民が消える?」


 思わぬ話題に聞き返すと、隊長は「せや」と頷いた。どうも卯ノ花隊長曰く、流魂街ではこの一か月、住民が突如消える事件が発生しているというのだ。とはいえ、住民が居住区を無断で変更するのは禁止されているし、移動したのであればこちらで捕捉できるはず。六十番以降の地区は特に治安が悪いのでそういうことはままあると聞くし、そんなに変事ではないのではと思ったのが第一印象だった。
 しかし話を聞いていくとどうもそんな温い話ではないらしい。住人は移動したなどではなく、服を残して文字通り跡形もなく消えている。そんな穏やかじゃない報告が相次いでいるらしい。服を残しているという点が重要で、死んで霊子化するのであれば服ごと消えるため、卯ノ花隊長の見解では「生きたまま人の形を保てなくなって消滅した」とのことだった。


「へえ…」


 生きたまま人の形を保てなくなる、というのがどういう状況かいまいち想像できず、生返事になってしまう。それでも流魂街の住人が消えているという情報には危機感を覚えた。自分も流魂街出身のため、長年お世話になった家族がいる。その人たちがある日突然消えてしまったら――今度は明確に想像でき、頬が強張る。


「もしかしたら俺らにも特命調査が降ってくるかもな」
「俺らにも?」
「昨夜から九番隊が調査に出ているそうだよ」


 白の隊だ。そうだ、把握しているのならこのまま放っておくわけにいかない。被害の数が多くなればなるほど、現世と尸魂界の魂魄の均衡が保てなくなる。この件に関して、わたしたちは指示があるまで待つことになるのか。落ち着かないけど仕方ない。


「追って拳西も出る言うてたな」
「あ、じゃあ白も出るんですね。…会いに行っていいですか?書類渡すついでに」
「おー、すきにし」


 隊長の了解を得、他隊に回す回覧物を束ねる。もう出立してしまってるかもしれないけど、行くだけ行こう。もしかしたら九番隊だけに降りてる情報があるかもしれない。「惣右介、俺らは休憩行くか」「はい」二人も席に戻らず踵を返すようだった。


の昼飯も買うてきたんで。何がええ?」
「変なものじゃなければ何でも」
「なんで変なモンにする思てんねん…」


 冗談ですよ。書類を手に抱え、肩をすくめる。「いってきます」特に弁解せず執務室を出る。もちろんそんな心配はしてないし、たぶん隊長もわかってるだろうから大丈夫だ。





「ましろー」
!やっほー」


 九番隊にはまだ白が残っていた。六車隊長の姿は見えないけれど、隊舎内にはいるみたいだ。失礼しますと入室し、珍しく副官の執務席に座っている白に回覧物を渡す。


「これ、急ぎじゃないから戻ってきたらで大丈夫だからね」
「戻ってきたらって?」
「あれ、流魂街の変死事件の調査に行くんだよね?」


 白が首を傾げたのにつられて同じ方向に傾げる。「先遣隊のコたちはもう出たよ〜」白の様子からして、これから出立するようには見えない。もしかしたら白はお留守番なのかも。


「おう。真子ンとこの三席か」
「あっ、こんにちは六車隊長」


 そうこうしていると六車隊長が戻ってきた。こちらは腰に斬魄刀を差し、これから出立しますと言わんばかりの風態だ。白もそれがわかったのか、イスに乗せていた足を下ろし立ち上がる。


「拳西どこ行くの?」
「あ?変死事件の調査だよ」
「あたし聞いてない!」
「言ってねえからな」


 言ってなかったのか。思わず苦笑いしてしまう。廊下から六車隊長を呼ぶ男性の声に振り返り「今行く」と返事をすると、「あたしも行くもん!」白は机に放ってあった副官章を引っ掴み、ぴょっと机を飛び越え六車隊長へ駆け寄った。


も行こーよ!」
「馬鹿。先遣調査は九番隊の特務だ。いつもと違えんだからワガママ言うな」
「ぶ〜〜拳西のケチ!」


 こめかみに青筋を浮かべる六車隊長から目を逸らし、自分も入り口へ歩み寄る。「白、戻ってきたら甘いもの食べに行こ」「行く!おはぎ食べたーい!」ぴょんと飛び跳ねる白に頷き、いってらっしゃいと手を振る。
 もちろん無人かつ他隊の執務室に居座るわけもなく、追うように廊下に出る。先に出ていった六車隊長と白の後ろに、四人の男性隊士がついていくのが見えた。彼らは九番隊独自の白い外套を身につけており、背中には六車九番隊の文字を背負っている。見知った姿も見えるし、記憶が正しければ三席から六席の面々だ。この案件に対する六車隊長の気合を目の当たりにし、自分が思っている以上に重大な事件なのかもしれない、と認識を改めるのだった。


6│top