「隊長?おはようございます」


 振り向くとこちらへ歩いてくるが見えた。

 今日は一日休暇を取っていた。最近は虚の活動が落ち着いているため、出撃要請も比例して激減している。あの十一番隊でさえも暇を持て余しているらしいからいよいよ閑古鳥が鳴き出してもおかしくない。数年前の警戒態勢だった一時期に比べたらマシやけど、暇すぎんのも考えもんやな。あんときは結局、わんさか湧いとった虚がぱったりいなくなって、原因不明のまま警戒態勢も解除されて終わった。あれほんま、何やったんやろな。
 ……いや、疑うべき場所は、ある。けど何の確証もあらへんし、あれに伴う目的すら検討もつかへんから、一切口には出してない。現にあいつはあの一件で不可解な行動を取ってはいない。考えすぎか、と思いつつ、しかしあいつを監視するのをやめる気にはなれなかった。腹の底が見えへん男や。気は許せん。

 とか考えながらも、暇なら休んだらどうかと部下二人に迫られたため今日は休む。任務以外で久々に現世に行くつもりだ。夜はラブたちと飲みに行く約束もしてるし、いい一日になる予感がした。その予感を的中させるように、朝一でと会えたのだ。


「おォ、おはよーさん」


 身体の向きを変えと向き合う。隊の宿舎から出勤してきたにしては通り道ではない。そもそも就業時間は過ぎているため、どこかの隊に書類を回しに行くところだろうか。思い、目を落とすと彼女の腕には紙挟みが抱えられていた。どうやら予想通りらしい。


「これから現世ですか?」
「せや。お土産何がええ?」
「ええと……いや、お気になさらず」


 途中まで考えてやめたらしい。申し訳なさそうに肩をすくめ手を自分の顔の前にあげたに首をかしげる。


「なに遠慮してんねん。そんな仲やないやろ」
「そ、……せっかくの休日ですし、わたしのことは忘れて羽を伸ばしてほしいので」
「あ?さみしいこと言うなや」


 なんでおまえ忘れることが羽伸ばすことになんねん。ならんわ。眉間にしわを寄せ渋面するの意図がわからない。俺昨日変なこと言ったか…?執務室で休暇取得の話をしたときの言動を思い起こすも、気に障ることを言った覚えはない。も普通に休め休めうるさかったやんけ。
 ……てことは、今朝か?まさか惣右介が余計なこと言うたんちゃうやろな。
 今の職場環境は惣右介にしか創り出せないかもしれないと思うほど、俺とのことを一切気にせず仕事に励める姿勢は素直に感心していた。にもかかわらず、まさか今になって首を突っ込む気かと勘ぐらずにいられないのは、あいつのことを少しも信用していないからに尽きる。
「誰かに何か言われたんか」探りを入れると、は真っ先に否定した。かぶりを振り、肩をすくめて俯く。言いにくそうな顔をしている。


「隊長、よく俺のことは気にしないで遊んでこいって言うじゃないですか……それです」
「……あー」


 それか。身に覚えがありすぎて返答につまる。頭を掻き明後日の方向を見遣るが、適切な言葉は思いつかなかった。
 それは長年おまえを見守ってきた名残であって、嘘や建前ではない。がのびのびと心の赴くまま尸魂界での人生を謳歌してほしいと思っている所以であって、それ以上の意味はない。当然、が俺のことを気遣う必要もない。


「べつに俺が忘れて遊びたいからおまえもって強要してるわけやないで」
「そ、そうなんですか、いや、それにしては気になってたので」
「そーなん?あんま気にせんといてや。が楽しいなら何でもええから」


 いきなし距離取られたらびっくりするっちゅーねん。なんや俺と離れたいのかと思うやん。……もそう思てたゆうことか。難儀やな。


「…にしてもそない気にして、ちゃんと俺のこと忘れて遊べてるん?」
「それは、まあ……」


 言いながら表情はみるみると悩ましげに曇っていく、と同時に頬が赤らんでくる。……ああ、これはあかんわ。たまらず抱き寄せると、胸にの顔面がぶつかった。


「わぶっ」
、これから一緒に現世遊びに行こか」
「だっ駄目ですよ?!」
「ええやん。も休み取ってき」
「無茶言わないでください……」


 抱き込んだ腕を解放すると真っ赤に染まったの顔が見えた。ふてくされてるみたいに口を尖らせながら、乱れた髪を手櫛で整える。


「やっぱりこんなところで油売ってないで早く現世行ってください…」
「休みの奴が油売って何が悪いん」
「相手が悪いです…仕事中なんです!」


 紙挟み突き出してきっぱり言い張ってるところ悪いんやけど、顔真っ赤やもんなあ。かわええなあとしか思えへん。そーかそーかすまんなあと緩く返す。


「その仕事はどこ行くやつなん?」
「ろ、六番隊です」
「ほな隊舎前まで一緒行こ。邪魔せえへんから」


 不服そうなに踵を返す。六番隊は近いとこにあるから五分かそこらで着いてまうやろな。ただあそこの上官今どっちも朽木家やから、本邸帰ってたらどうしようもないけどな。


「…あっ、隊長」
「ん?」


 が俺の背中に回り込んだのを視界の端で捉える。追うように身体を回転させようとするも、「前向いててください」と二の腕あたりを後ろから押されてしまう。なんやねん。


「髪の毛絡まってますよ、珍しい」
「あ?ほんまか」


「はい」返事するなり俺の後ろ髪を一束手に取って梳きだした。長さ的に振り向いても大丈夫なはずだが、止まれと言われてしまっては動けないためおとなしく正面を向いて待つ。
「……」にしても、真後ろにいるの気配と髪の毛から伝わる手つきが無性にじれったい。


「…、」
「はい、直りました」


 最後に毛先まで梳いたの手が離れる。隣に並んだが再度歩き出すのを、少し遅れてついていく。……なんやったんや今の時間。はまるで意識してないらしく、「隊長髪の毛本当にまっすぐでうらやましいです」とかなんとか言っている。頭を掻きながら、密かに溜め息をつく。といると煩悩も多くて困るわ。





 約束通り六番隊舎まで見送ったあと、現世に向かった。しばらく見ないうちに都会の街並みは一段と変わり、当てもなくぶらぶらするだけでも楽しかった。ついにレールなしで鉄の塊走らせよったな現世の人間。こないだまで西洋からの希少品だった売り物もあちこちで見かけるようになり、目覚ましい発展であることがうかがえる。半日かけて街を練り歩き、めぼしいものを購入した。明日の休憩に三人で食うための甘味や、や今日会う二人への土産を買ったら満足し、夕方頃に尸魂界に帰った。

 ちょうどよかったのでその足で居酒屋へ行き小腹を満たしていると、死覇装と隊長羽織を身にまとったラブとローズが来店した。約束の時間の十分前。やっぱしどこの隊も暇なんやな。箸できゅうりの漬物を摘み、口へ運ぶ。


「やあ真子。また見ない着物着てるね」
「最近買うた。ええやろ」
「ボクの趣味ではないかな」
「せやろなァ」
「おまえもう飯食ってるのかよ」
「昼飯食えてへんねん。許したって」
「せっかく現世に行ったのにご飯食べなかったのかい?」
「まあな」


 正しく言うと現世で飯は食べたのだが、早い時間に飲食店に入ったあとは雑貨屋の物色が楽しく、結果的に昼食を抜いてしまったのだ。の悪い癖が移ってきたな。ここは移されるつもりなかったんやけど。
 前の席に二人が座り、一気に視界が狭まる。瀞霊廷内の居酒屋なため店内は大体死神で賑わっている。隊長格の集まりに居住まいを正す気配をちらほらと察知し、気にするだけ無駄やでと心の中で忠告する。もはや慣れたもので、誰もお品書きを見ずに酒とつまみの注文を済ませる。


「真子は洋服には興味ないのかい?」
「めっちゃあるで。洒落ててかっこええよなァ。ローズもやろ?」
「もちろん。瀞霊廷でも流行ればいいのにね」
「まだ時間かかりそうやなァ」


 すぐに運ばれてきた酒で乾杯し、好きずきに近況報告を交わしながら料理を摘む。全員の口から出てくるのはもっぱら最近飼い始めた閑古鳥の話で、「俺なんか部下に休め言われて休んでんで」と冗談交じりに言うと「いいことじゃない」と返された。どうもローズは副隊長にこの機会に修行しろとどやされてるらしい。副隊長ってまだ射場のバアさんやったっけ。どこも苦労してんねんなァ。


「そういやローズ、あの件結局どうなったんだ?」
「ああ…まだ決まってないよ」
「あの件?」


 聞くと、どうやら三番隊では近々席官が引退するらしく、後任に誰を任命するか、絶賛頭を悩ませ中なんだそうだ。人事はいっちゃん頭使うねんなァ、気持ちわかるわ。ローズ的にはその位置に期待する役割はあるのだが、適任が今の三番隊にいないらしい。「外から引っ張ってきたらええやん」「それも今視野に入れてるところだよ」中にいてへんならそうなるやろな。酒の盃に口をつける。


「なあ。なんて丁度いいんじゃねえの?」
「ブッ!」


 思わず吹き出す。ついでと言わんばかりに気管に入りゲホゲホとむせる俺を見てローズは露骨に顔を歪め、ラブは身を乗り出し俺のお手拭きを差し出した。ラブにだけ礼を言おうとしたが、元凶はこいつだと我に返りジト目で受け取る。なんとか落ち着かせ、口にお手拭きを当てたまま二人を見遣る。


「な…何言いよんねん…」
「いや、おまえこそそんな驚くことか?」
「ねえ…?」


 二人が横目で目を合わせ揃って首を傾げる。おまえらが小首傾げても何もカワイないぞ。


「ローズんとこ抜けんの三席だろ?丁度いいじゃねえか」
「そうだね」
「なんも丁度よくないわ……俺んとこのこと考えてへんやろ!」
「でも五番隊って今、強い四席がいるんでしょ?」
「ほんならギン指名したったらええやんけ!たぶん三番隊合うであいつ」
「彼は今求めてる人材ではないんだよね」
「…というか他の隊にも三席相当の席官おんねやろ、そっち行けや…」
「……」


 ジト目で二人を見据えるも納得した様子はなく、依然不可解な眼差しを向けてくる。「真子、一個確認しときたいんだけどよ」エイヒレの炙り焼を摘みながらラブが口を開く。


をずっと三席に置いとくつもりか?」
「そのつもりやけど」
「おまえあの子の何になりてえんだよ」
「は?何って何や」


 何が言いたいん。目の前の男を見据えるとサングラスの向こうの目が訝しげであることが伝わってくる。隣のローズが息を吐き肩の力を抜く。


「今、恋人でもあって部下でもあるでしょ。どっちのときでも色々やりづらいと思うんだけど」
「べつに。気にしたことあらへん」
「直属の部下じゃない方がいいだろ普通」
「何もいくないわ。は絶対やらんぞ」


 言い切ると、ローズが仕方のなさそうに肩をすくめた。口元に笑みを浮かべているあたり異動の件を無理に進めそうにはない。ラブも腑に落ちてこそいなかったが、それ以上言及する気はなさそうだった。


「そういやおまえ、変なとここだわる奴だったな」
「彼女に関して何でも責任を負いたがるのが真子の愛なんだね」
「何や、俺が間違うてるみたァな言い方やな」


 アホ呼ばわりされてる様で居心地が悪い。だが、誰に何と言われようがこの主張を変えるつもりはなかった。
 今さらが五番隊からいなくなる想像ができない。朝会ってあいさつを交わし、気まぐれでどこかに同行したり、任務へ出立するのを見送ったり見送られたりする。そういう日常に彼女がいなくなることがどういうことなのか、よくわからなかった。
 たぶん俺は、一回手に入れたのいかなるものも手放せない。ただでさえ常に指の隙間から零れ落ちてる気がしていくら一緒にいても足りないのに、最初からごっそり持ってかれたらいよいよどうなるかわからない。


が近すぎて真子の負担になってないならいいんだけどね」


 言いながら刺身を摘むローズの箸に目を落とす。アホやのーて、心配してくれてんねやろ。わかるから余計わからん。もそないなことを言うてた。何したら俺がを負担に思うん。もっと欲しいくらいやのに。


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