退院許可の降りた副隊長を迎えに行くと言う隊長を見送った今朝。人知れずうきうきしながら黙々と事務作業をすること約一時間、ついに二人が戻ってきた。一週間ぶりの隊長と副隊長の並ぶ姿が感慨深く、「おかえりなさい」の台詞が上ずってしまったほどだ。席を立ち、執務室へ入ってくる二人へ駆け寄る。


くん。迷惑をかけてすまなかったね」
「いえ、全然。お身体の具合は?」
「大丈夫。今日から復帰するから、またよろしく頼むよ」
「はい!」


 よろしくおねがいしますとお辞儀をし、すぐにお茶を淹れようと駆け出す。副隊長にも是非浮竹隊長にいただいた茶葉を味わってほしかった。
「隊長、僕の机を物置きにしてましたね?」「してへんわ。人聞き悪い」副隊長の退院許可を聞いた隊長は昨日のうちに大雑把に移動作業をしていたけれど、副隊長は目ざとく気付いたらしい。さすがだなあと一人笑みをこぼしながら、茶筒の蓋を開けた。





「異論ありません」


 副隊長から隊長へ書類が二枚返される。さきほど逆方向の授受があったことは盗み見て存じていた。そして、内容が何なのかも検討がつく。十中八九、任務の采配にかかる書類だろう。出撃の決定権は基本的に隊長にあるけれど、別の隊士の意見を取り入れるべく副官の意見を仰ぐことが常だ。とはいえ、副隊長からは大体いつも同じ台詞が返ってくるのだけれど。副隊長が適当なわけないから、きっと隊長の采配が的確なんだろう。


「ほな、これ行ってき」
「はい!」


 ガタンと席を立つ。自分当ての指令だ。任務を拝命する、この瞬間の緊張感は未だ慣れない。
 隊長から指令書を受け取り、内容を確認する。夕方の出撃だ。もちろん小隊を率いる小隊長。一般隊士の指定があるのでこれから声をかけてきた方がいいだろう。隊長に席を外す了解を得ると、ついでに市丸くんにも渡すのを頼まれる。見ると内容は別の指令書だった。今日の二部隊の小隊長はわたしと市丸くんらしい。細部までは読まず、隊長に顔を上げる。


「わかりました」
「頼むわ。何かあったら俺に言いに来い」


「わかってます」決まり文句のように返す。ここ数年隊長によく言われるようになったその台詞は、任務に出る前や遠くにおつかいに行く際など、主にわたしが一人になるときにあいさつみたいに付け加えられた。毎度ではなくてもさすがに耳にタコだ。そんな何度も言わなくたっていいのに。
 隊長が心配性なのか、よっぽどわたしを信用してないかのどちらかだろう。執務室を出、ふむと口を尖らせる。もし後者だったら怒る。
 手に持った書類に目を落とすと、二枚の指令書には、それぞれ隊長の文字で相応の席次が走り書きされていた。わたしのには三席、市丸くんのには四席。それだけで、尖った口は口角を上げ、ご機嫌になるのだった。
 いつからか、わたしにも三席の任務がもらえるようになった。もちろん市丸くんの実力に敵ったことは一度もないのだけれど、隊長や副隊長には「どちらに任せても心配ない」と言ってもらったこともある。おかげさまで市丸くんには任務がつまらなくなったと文句を言われるようになったけれど、席次通りの任務はわたしに責任と緊張と安心を与えた。というか、わたしの今の実力が三席相当なのだとしたら、遥か上を行く市丸くんはどこ相当なのだろう。これは本当に、彼の昇進速度は目を瞠るものになりそうだ。

 市丸くんに指令書を渡し小隊を編成し終えたあと、再び執務室へ戻る。出てきたときと変わらず並んだ仕事机に座る上官二人を見て、やっぱりこの風景がしっくりくるなあと思う。「戻りました」言いながら、自分の席へ足を進める。


「おかえり
「おかえり」


 二人の迎えのあいさつに会釈し、着席する。副隊長の机はすっかり彼自身の色を取り戻したようで、今や整理整頓された仕事場所となっていた。隊長も片付けられない人ではないのだけれど、いかんせん物が多いので綺麗に見えないのが難点だ。


「ギンおったか?」
「はい。渡してきました」
「そーか。おおきに」


 口だけで笑って礼を言う。いえ、と返せばすぐに目線は手元の書類へ移った。
 すっかり冷めたお茶を啜りながら二人を見ると、沈黙の中、筆を走らせる音、紙をめくる音が聞こえるのみだった。……全然、悪いってわけじゃないんだけど。

 でもやっぱり気のせいじゃないと思う。隊長、副隊長に壁を作ってるように見える。もともと性格的に相性がいいとは思えないから、こういうものなんだろうか。京楽隊長とリサや六車隊長と白は、性格がまったく違くても妙にはまってるように見えるのに、うちの場合ちっともそう見えない。この体制になって十年以上経ってるはずのに、根本ではいつまで経っても、別々の人間がたまたま同じ空間にいるような、偶然街角ですれ違った赤の他人同士な気がするのだ。たとえそうだとしても、人間関係は良好だし、居心地が悪いわけじゃあないので、いいんだけれど。


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