いくつかの隊へ書類を渡しに繰り出したものの、最初に向かった七番隊が留守だったためそのまま隣の隊へ行くことにした。急ぎの案件ではなかったのでまた明日にでも伺えばいい。 任務中だったのかななどと考えながら着いた先の八番隊には隊長も副隊長もいたのでよかった。就業中のリサに書類を渡し、次は三番隊に行くことを会話の中で告げると、彼女は丁度ええわと言って机に置いてあった書類の束を手に取った。曰く、三番隊に書類を渡しに行こうとしていたらしいのだ。書類の配達はもっぱら副隊長以下の仕事なのでこんなことはよくある。一緒に行くと言って席を立ったリサにもちろんと頷くと、彼女はソファに寝そべっておられる京楽隊長に外出する旨を伝え、執務室を後にした。力なくひらひらと手を振る京楽隊長に後ろ髪を引かれつつ退室する。 「京楽隊長大丈夫?」 「気にせんときゃあ。二日酔いんなったときはいつもあんな感じやから」 「へえ…」 「アホやからな」 そう言うリサの横顔はパッと見しかめ面だったけれど、京楽隊長に対する気遣いとか思い遣りが滲み出ていて、なんだかいい上司と部下の関係だなあと思った。 三番隊舎に着き執務室を覗くと、なんと鳳橋隊長だけでなく七番隊の愛川隊長もいた。なるほど、執務室におられないと思ったらここにいたのか。手間を考えたら今渡せてよかったの一言に尽きる。ほっと息をつき、二人に書類を渡す。 「鳳橋隊長、愛川隊長。五番隊からの書類です」 「ああ、ありがとう」 「おお悪いなわざわざ」 「ローズ、これはウチから。期限明日までやからよろしく」 「君ねえ…」 さて無事用も済んだことだしお暇しよう。リサはお茶受けの煎餅を勝手に摘んでソファに座り込んだので少しここに居座るつもりなのだろう。平子隊長のお陰で私的な付き合いでも面識を持つようになった彼らとは、しかし隊長なしに気軽に接することはまだ躊躇われる距離感なので、 リサと同じことをする勇気はなかった。それにまだ仕事終わってないしなあ。副隊長はまだ復帰されていないので、二人で切り盛りするのは大変なのだ。早く帰って来ないかなあ副隊長。あと二、三日で全快だって卯ノ花隊長はおっしゃっていたけれど。 「お、そうだ。最近真子とはどうだ?」出入り口に足を向けた瞬間愛川隊長に問われ、ピタリと止める。 「はい?」 「ここんところ真子に会ってなくてよ」 「あ、なるほど……隊長なら元気ですよ」 「バッカそういうことじゃねえよ!なあリサ」 「せや。あんたと真子のこと聞いてんねん」 「……。……特に変わりありません」 無意識に眉をひそめてしまう。何かと思えば、この六年間でよく聞かれることだ。決まって同じ返答をしているので聞く方もつまらないと思うのだけど、なぜかみんな懲りずにつついてくるのだ。たとえ変事があっても言わないよ、誰かに聞いてほしいならともかく。だって茶化されるだけだもの。 そもそも、わたしと隊長の間には報告することなんてほんとうにないのだ。強いていうなら喧嘩が何回かあったけれど、大体次の日には嫌でも顔を合わせなきゃいけないので自然と仲直りしてしまう。そうでなくても仕事中はちゃんと割り切ってるし、何より隊長はいつも優しいというか、わたしに甘いところがある、ので、大きな不安も不満もないのだ。……隊長がどう思ってるかは知らないけど。 「なんや、たまには破局寸前まで喧嘩してみやあよ」 「真子にドン引いた話とか聞きてえな」 「君たち……他人の交際にエンターテイメントを求めるのはよしなよ」 鳳橋隊長の言う通りだ、と全力で頷く。実際自分がリサたち側にいたら構わず人の色恋沙汰を楽しむだろうけど、調子のいいわたしは当事者になった途端保身に走る。「では、わたしはこれで」これ以上詮索されないように、お辞儀をしてそそくさと退室した。 残りの事務仕事の時間配分を頭で考えながら足を動かしていると、元々隊舎同士が近いのもあって五番隊にはすぐに着いた。執務室はほとんど無音だったけれど、わずかに紙の擦れる音が聞こえるところから隊長はちゃんと仕事をしているようだった。流石にこれだけ多忙だったらサボりはしないか。本日二度めの安堵の息を吐き、執務室の入り口から顔を覗かせる。 「ただいま戻りました」 「おー、お疲れさん。渡せたか?」 「はい」 「そーか。ラブ元気にしとった?」 「あ、はい。……最近どうか聞かれましたよ」 「ほォ……俺だけのことやあらへんな」 「そうなんです。よくわかりましたね」 「なんや想像できるわ。お疲れさん」 「はは…」 どちらも明言していないのにちょっともズレがないと思えるのは、わたしと隊長云々ではなく愛川隊長とこの人の付き合いの長さ故だろう。なんかすごいなあ。 自分の席に着き、書類の束から一枚を取る。昨日から積み残していた報告書のまとめ作業に手をつけなくては。 横目で見ると、隊長が副隊長の机に分厚い紙の束を置いていた。五日近く不在のそこは隊長によって容赦なく物置きと化しており、すでに元の持ち主よりも隊長の色が濃くなりつつあった。もし今急に副隊長が戻られたら、嫌な顔は見せずとも淡々と隊長の机に物を戻していくのだろう。想像するとちょっと面白い。 「俺らに目に見えるような変化がないからつまらんのやろ」 隊長の声にハッと我に返る。先程の話の続きらしい。やっぱり誤解はなかったな、とここでやっと確証を得られた。 「破局寸前の喧嘩が見たいって、リサが言ってました」 「何で喧嘩すればそないまで行くん」 「さあ…」 「……目玉焼きは醤油かソースか」 「醤油ですね」 「醤油やな」 ははっと笑った隊長につられて笑みを零す。こういうことに幸せを感じてしまうわたしは平和ボケしているのだろうか。周りの優しい人たちとずっとこのままでいたいと思う。 |