総合救護詰所の個室では副隊長が寝台で上体を起こし本を読んでいた。余程集中していたのか、彼は担当の隊士に呼び掛けられて初めてわたしたちに気付いたようだった。 本から顔を上げ、入り口から覗くわたしたちへと微笑む。


「平子隊長、くん」
「よォ惣右介、元気そうやないか」
「はい。四番隊のみなさんのおかげで」
「ほーか。そらよかったわ」


 平子隊長独特の口だけで笑う横顔を横目で見上げ、入室する。続いて隊長も入ってきたことを足音で察する。
 副隊長がおっしゃったことは本当らしく、見受ける限りでは大怪我というほど不自由もなく順調に回復しているようだった。さすがは副隊長だ。本に栞を挟み袖机に置いた副隊長に必要なものはないか聞き、小隊の平隊士が気にしていたことを伝えた。とはいえ、こっちのことは気にせずゆっくり休んでほしいと言うと、時間を持て余してしまうから報告書は自分が作成する旨を進言される。こんなときまで真面目な人だ。たしかに、予定の入院期間は七日間と言われているため、気持ちはわからなくもない。
 しばらく話したあと、ほなお大事にな、という隊長の台詞で切り上げた。お礼を述べる副隊長にお辞儀をし、詰所を出る。「どっか飯食って戻ろか」背筋を曲げる隊長の隣を歩きながら頷く。ちらりと盗み見ると、彼の横顔は気だるげに見えた。いいやどちらかというと、疲れているような。


「隊長」
「なんや」
「前から思ってたんですけど、隊長ってときどき副隊長に冷たいですよね」
「あ?そないあらへんわ」
「あ、自覚ないんですね」


 言わない方がよかったかな。一度口を噤む。
 滅多な頻度じゃないけれど、隊長を見ているとそう思うことがある。副隊長を連れ回すわりには深く副隊長に関わろうとしてないというか、冷たい気がするのだ。本当に些細なことだけれど、さっきだって病室の入り口で立ち止まったとき、自分から入ろうとしなかった。わたしが入らなかったらあそこから動こうとしなかったのではないかと思わせた。話を切り上げたのも隊長だったし、普段だって副隊長に対する気遣いは最低限だ。ただ彼の中で話したいことが終わったからかもしれないし、副隊長が強いから必要以上に心配していないだけかもしれない。それでも、二人の一番近くにいるわたしには、隊長の言動は目に留まるのだ。仲が悪いわけではなさそうなのに、まさかわたしが言わなかったらお見舞いに行かなかったんじゃないだろうかとすら思わせる。
 それ以上は言い淀むわたしに隊長は目立ったリアクションもせず、頭を掻きながらしかめた顔のまま口を開いた。


「おまえの気のせいやドホォッ!!」
「?!」


 突如隊長が前方に吹っ飛んだ。しかしそれも、目を剥くわたしの隣にひよ里が着地したことで察する。いつもの光景だ。


!白と飯食うから行くで!」
「あー」
「コラひよ里ィ!!ええ加減背中に飛び蹴りかますんやめェや!」
「ハァ?!毎度毎度アホみたいに食らうんが悪いんやろ!」
「んなわけあるかい!」


 無事そうでよかった。背中を押さえる隊長に苦笑いしたあと、改めてひよ里に向き直る。


「ごめんね、隊長とご飯行こうって話してて」
「前もそう言うて行けへんかったやろ!次はうちらの番や!」
「おお…」


 ビシッと親指を自分に向ける剣幕に押される。そういえばそうだった。こないだもこんな感じで、ひよ里のお誘いと隊長との約束が被ったのだ。前回も今回も、先に話を持ちかけてくれたのは隊長だから、隊長との約束が優先されるとは思う、のだけど。


「あー…。気にせんと行ってこい」
「え、あ…」
「そん代わり明日は一緒行こうな」


 頭をポンと撫でられ心臓が跳ねる。瞬時に赤くなった頬に気付くことなく横を通り過ぎていく隊長へ振り向き、後ろ姿を見送る。もう背中は痛そうにしてないけれど、大丈夫だろうか。
 心配そうな目で見ていたのに気付いたのだろうか、突然ひよ里がその場で飛び跳ねてわたしの頭をくしゃくしゃと掻き回した。「わっ?!」当然驚き、ひよ里の手が離れた髪を梳き直す。


「ひよ里…?」
「シンジばっか気にすんな!腹立つな」
「ご、ごめん」
「言っとくけどな、あんた付き合うたからて真子のモンになったわけやないねんぞ!」


「うん」反射的に頷いてから、「うん?」首をかしげる。何の話だ?腕を組み、むすっと口を尖らせるひよ里に目を丸くする。


「せやのにいっつも真子優先されんのおもんないわ。あんな奴ほっといたらええねん」
「な、なるほど。…あはは」


 そういう話なら、わかるよ。六年前から彼女がしばしば言う台詞だもの。これを言うときのひよ里は拗ねてるみたいで一層可愛い。まるでわたしのことをすきだと言ってくれてるみたいだ。わたしもひよ里のことすきだから、ただただ嬉しい。へへ、と頬を緩める。


「ご飯誘ってくれてありがとね、ひよ里」
「…はんっ!」


 照れ隠しのように鼻を鳴らす。そんな横顔も可愛くて、行くでと先導する彼女に頷き歩き出す。歩くたびひょこひょこと揺れる二つ結びの髪の毛を眺めながら、少し考えてみる。

 自分が誰のものかと言われたら、誰だろう。少なくとも自分だけのものではありたくないと思うよ。
 だから、隊長、隊長が少しでももらってくれたらどんなに嬉しいだろう。隊長のことも少し欲しいとは、まだ言えないなあ。想像しただけで身体がじょうずに動かせなくなってしまうものね。


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