頻繁に虚化していると身体を明け渡す感覚にも慣れてくる。その分、平時の内なる虚の声も大きくなり、常に背後で待ち構えられている錯覚に陥る。ふとしたとき、自分が虚に呑まれていないことに安堵する。きっと悠長にしている時間はないのだ。


「ほな、拳西のすきなタイミングで始めてや」


 修行を続けて数週間が経った今日、いよいよ六車隊長が虚を完全に抑える内在闘争に臨む。別の組なので彼の訓練がどんな調子だったのかはわからないけれど、隊長陣はみんな長時間の虚化で内なる虚と相見える感覚を掴んでいた。仮面を割っても疲れを感じさせず、霊力の消費も最小限に抑えすぐさま次に行くことができていた。リサたちでさえ、正気に戻ったあとはつらそうに肩で息をしているのだから、わたしが毎度倒れ込んでしまうのは当然なのではとすら思う。
 内在闘争で虚を抑えるということは、外から仮面を割ってもらうのとは訳が違う。六車隊長の霊力と精神力に任せ、彼自身が自力で虚を制御するまで虚化を止めずにおくのだ。どのくらいかかるのか、また、どうすれば制御できるのか、誰にもわからない。また六車隊長は実験台になろうとしている。

 受け手として、今日までに考え得る対策はしてきた。長期戦が予想され、その間虚化して暴走する相手を全員で抑えていたらこちらが保たないので、三組に分けて十分ごとに相手をする。組は二人、二人、三人に分け、有昭田副鬼道長は結界や、場合によっては縛道で補助をしてもらうため数に入れない。
 また、内在闘争をしていた人が完全に虚になった場合は、呑まれて戻ってこられないと判断し、とどめを刺すという取り決めをした。今までの虚化を見ているとたしかに、虚化している最中は虚と死神が混ざったような霊圧に変化する。それが、死神の霊圧が消え去り虚だけになったとき、殺す、ことになっている。
 正直不安なのはみんな同じだろう。もしかしたら六車隊長が虚になってしまうかもしれないのだ。そもそもこんな賭けのようなことをしなくても、ほかの方法があるんじゃないかと考えてしまうのも無理はない。ただ、効率的な解決策はなく、時間もないわたしたちには目の前に見える危険な方法で綱渡りをするしかなかった。

 有昭田副鬼道長の結界内には今、六車隊長と対峙するように平子隊長と白が立っている。外で出番を待つわたしたちと、情報収集のため立ち会う浦原隊長と握菱大鬼道長。現世から逃亡してきた全員が見守る中、それは始まった。





「しゃーから次は俺や言うてんねやろ!」
「やだあ!次あたし!あたしのが絶対早いもん!」
「うるせえ!ギャーギャー騒ぐな白!」


 言い合いを繰り広げる隊長と白。なぜか六車隊長の治療をしている周りで始まったため有昭田副鬼道長も困り顔だ。それを少し離れたところから、同じく手当をし合いながらひよ里とわたしは眺めていた。


「珍しいね、白が六車隊長以外にワガママ言うの…」
「拳西の見て触発されたんやろ」


 そういうものなのか、と思いへえと相槌を打つ。
 先ほど、六十分を超える長時間の内在闘争を制し、六車隊長は見事虚を抑え込んだ。その場で六車隊長への激励をしたいところだったけれど、六車隊長の身体的ダメージや虚化した彼を押さえていたみんなの怪我を治療するため一旦家に戻ったのだ。浦原隊長と握菱大鬼道長は研究室へ戻ったらしい。大きい箇所を有昭田副鬼道長に粗方治してもらったあとで、残りは各自消毒だけで済ませたり包帯を巻いたりしていた。

 目の前のひよ里はというと、畳に目を落としてむすっと不貞腐れているように見えた。何か気に入らないことでもあったんだろうかと首をかしげる。


「ひよ里?」
「…うち、まだあかん。こんな怪我しとる内は拳西と同じことできひん」


 包帯を巻く手を止めず、頷く。二の腕を深く切られたひよ里は、先ほど六車隊長と対峙してそう感じたのだろう。長時間内在闘争を続けることの危険性は、自分自身がよくわかっていた。
 六車隊長は、霊圧自体はずっと安定していたと思う。やっぱり隊長位は伊達じゃない。昨日の時点でも、六車隊長が成功したら次は平子隊長、愛川隊長、鳳橋隊長と続く話になっていた。隊長陣が力を抑えず戦えるようになれば、あとに続く内在闘争時、受け手側の戦力になる。虚化制御の成功率的にもそれが一番安定だった。
 なのだけれど、ここに来て突然、白がやりたいと言い始めたのだ。ひよ里の言う通り六車隊長に触発されたのだろうか、次の番である隊長に進言を申し立てている。白、怪我痛まないんだろうか。ひよ里が終わったら白を診よう。


「ったく……しゃーないなァ。そん代わり危なそうになったらすぐ割ったんで」
「やったー!」


 どうやら隊長が折れたらしい。思わず振り返って目を丸くしてしまう。…だ、大丈夫なのかな、白…。


「白、虚化したときの感触うちらと違うみたいやしな」
「言ってたね。でも怖くないのかな…」
「…さあな」


 たしかに白は今回の修行中ただ一人、虚が怖くないと言っていた。どんどん近づいてくる虚に焦りもしないし、呑み込まれても平気だと言うのだ。白は昔から感覚派で独特だったし、彼女と同じ組のひよ里がそんなに驚いていないので、白は大丈夫かもしれないという予感を隊長も感じているのかもしれない。
 副隊長以下は、内在闘争に入るタイミングを自分で決められることになっている。けれどわたしは、当分挑める気がしないな、と思った。太ももに巻かれる包帯を撫で、溜め息をつく。


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