喜助の呼びかけで元隊長の四人が集められた。この面子だけが集まるのは初めてではなく、簡易な話し合いについてはこれで常習化していた。とはいえ、常習化も何も、現世に身を隠す生活はまだ一週間と経っていないのだが。
 元鬼道衆の二人は別室に待機し、結界生成を当番で担ってくれている。残りの四人は街へ下り昼食の調達に出かけた。ひよ里や白はここに来た初日は虚化当時のことを気にしている様子だったが、今はそんな気配もなく普段通り無駄に元気に過ごしているようだ。拳西も白のことを気にしとったみたいやし、よかったと素直に思う。
 つまるところ誰かの介入の心配はないこの状況で、五人の男が車座で顔を突き合わせているのだ。気心知れた仲ではあるけど、絵面があんまし楽しくない。


「何かあったんか?喜助」
「はい。耳に入れておいてもらいたいことと、お願いを一つ」
「崩玉の話なら俺ァいいぜ。何度聞いてもわかんねえ」


 ラブに同意と言わんばかりに頷く。科学者の頭ん中は理解でけへん。前に一回説明してもろたけどようわからへんかったわ。藍染が狙っとるヤバイ物質や言うことだけわかってればええ。喜助が部屋一つ使て研究頑張っとるんもわかってるし、それが虚化解除のためや言うのも知っとるから、逐一報告せんでもええのに。
 気ィ回すなという意味で喜助を見遣ると、奴は苦笑いを浮かべた。それから、神妙な表情を見せる。


「崩玉ではないっスけど…虚化の件ではあります」


 軽い空気に一瞬にして緊張が張り詰める。まさに俺らが無視できない問題だった。否が応でも聞く耳を持ってしまう。
 藍染により虚化を発症させた俺たちは依然霊力の使用禁止と安静を徹底していた。理由は喜助から述べられた通り。ただ、ずっとこのままではいられないことは全員気付いていた。
 あれから徐々に、本当に徐々にだが、自分の中にいる虚の存在が大きくなっているのを感じる。きっとこれが虚化の進行というのだろう。身体の内側にいるそいつの迫る気配や感覚は言葉では言い表せられないため、誰の口からも話題に出ることはない。だが、程度の差はあれどおそらく全員が感じているだろう。


「ボクは、虚の魂魄を流し込まれた魂魄が人の形を保てず消滅する現象のことを、魂魄自殺と呼んでいます」
「魂魄自殺?」
「またえらい物騒な名前つけよったな」
「つか、あんた知ってたのかよ。魂魄消失事件の原因」


 ラブの指摘に拳西の視線が鋭くなる。それに気付いたかは不明だが、喜助は眉尻を下げ頭を掻いた。「自分は理論の段階でしたんで……まさか他の死神が同じ理論で実験段階に移っているとは、さすがに……」それが嘘だとなんとなく気付いたが、黙っておく。喜助も確信があったわけやあらへんのやろ。俺かて藍染への疑心と今回の件が結びついていたからって先手を打てたわけやない。「そうだよな。悪い。で、魂魄自殺がなんだって?」ラブが続きを促す。


「はい。はっきり言いますと、魂魄自殺は虚化を発症したあなた方にも起こり得る現象です」


「――!」四人に戦慄が走る。生きたまま人の形を保てず消滅する。実際に目にしてはいない。だが、この状態で危機感を抱かずにいることはできなかった。


「あなた方は虚の魂魄を流し込まれても耐えることのできた霊力の持ち主です。……が、虚化が進行し、虚の魂魄と自身の魂魄の壁が完全に崩れると、最後は必ず魂魄と外界の境界を破壊します」


 喜助曰く、義骸はそれを防ぐためでもあるとのことだった。分解しかけた魂魄を人の器に入れれば消滅を防げるのではないかという理論の元、開発を進めていたらしい。ただし、それでも魂魄自殺を未来永劫防げるとは言えないとも付け加えた。
 はあ、と溜め息をつく。各々言いたいことはありそうだが耐えている。喜助も神妙な面持ちで俺らに順々に目をやっている。緊迫はしているが、悲観はしていない。……喜助には策がある。


「俺らは何したったらええ?」
「現状、ボクは魂魄自殺を防ぐ方法を研究しています。あなた方にはその実験台になっていただきたい」


 実験台という単語を使ったのはわざとか。ひくっと片方の口角を釣り上げると喜助も挑戦的に笑みを浮かべた。ほんまこいつええ性格しよんな。


「…この状況で断るわけないやろ。すきに使い」
「ありがとうございます」
「こっちの台詞や」


 喜助がおらんかったらそもそも俺ら助かってへんからな。そのくだりは散々したのでいい加減端折るが、ここにいる全員、おまえに感謝してる。そのうえみんなが助かるんなら実験台くらい喜んでなったるわ。
 その許可を欲しいがための招集だったのだろう、降りた今、話は終わったと言わんばかりに膝を立てる。


「実験台には俺がなる」


 突然、拳西が口を開いた。「あ?」思わず目を丸くする。あぐらをかき、膝に手を置いたままこちらを見据えている。随分とまあ険しい顔やな。


「発症の時間からして俺が一番進行してんだろ。なら俺を使え。おまえらは俺が駄目だったときに頼む」
「おい、自己犠牲なんてかっこつかねえぞ」
「馬鹿。そんなんじゃねえよ」
「……東仙のことか」


 拳西の表情が強張る。眉間に皺を寄せ目をそらす。「……ああ」まあ、せやろな。予想通りの肯定に溜め息をつく。


「そんなん言うたら真っ先に俺やろ。藍染と四席やで。東仙も元はウチやし。ほんま嫌んなるわ」


 膝についた頬づえに顎を乗せる。ここにきた初日頭を下げた通りだ。不甲斐なさは払拭できていない。たぶんこれは、藍染に報復するまで消えない。
 ふと思い出す。頭を下げたとき、、隣で止めようとしとったな。


「おまえら気負いすぎだっての。責任の取り合いなんかで喧嘩すんなよ」
「せえへんわ。なんで拳西と喧嘩せなあかんねん」
「部下の落とし前は上等だが、オレらもいること忘れんなよ」
「君たち二人とも、そんなに思いつめることないのに」


 ラブとローズのフォローにバツが悪くて二人して顔をしかめる。「とにかく、」拳西がバシッと自分の両膝を叩く。


「実験台には俺がなる。犠牲になる気はねえよ。今まで技術開発局にいい印象なかったが、あんたのことは信用してんだ」


「頼むぞ」喜助の目を見て言い切った拳西に、反対する奴はもういなかった。


「…はい」


 喜助がまっすぐ見つめ返す。





 拳西とローズと喜助が部屋を出て行く。たちはそろそろ帰ってくるだろうか。先ほどは立ち上がろうとした足が今は動きたくないと言わんばかりに力を入れさせない。あぐらをかいた体勢のまま頬杖をつき、日焼けた畳の目を眺める。


「ま、拳西が一番危険な状態なのは確かだしな。あいつを最初に魂魄自殺とやらから防ぎてえとは思うぜ」
「せやな」


 短く肯定の返事をすると、ラブは何か言いたそうに口を開いたあと、顔を廊下へ向け、「リサたちが戻ってきたぜ」と言って立ち上がった。出迎えるのだろう。一番広い部屋はここやから、帰ってきたたちはここに来るか。一言おかえり言うて、席外すか。


「……」


 ラブは気付いたか。あいつ見た目に似合わず察しええからな、本心やないって気付いたかもしれへん。べつに俺も、拳西を最初に助けたいとは思ててん。そこは本当やねんけど。

 ただ、虚化の進行は俺が一番進んでると思うけどな。

 ふとした瞬間、あの夜のことが脳裏をよぎる。ラブたちが東仙に斬られたあと現れた藍染と市丸。藍染に対する俺の監視は奴の行動を抑止できていなかったどころか、逆手に取られていた。この一ヶ月偽物にすり替わっていたことに、一切気付けなかった。
 気付く可能性のあったは事前に排除すべく市丸との任務をこぎつけていた。六年前の任務で、市丸は元よりを助けるつもりはなく、見殺しにするつもりだった。が自力で救援要請できていなければそのまま死んでいたのだ。
 虚化したあの夜、が完全催眠から解けかかり、偽の藍染に違和感を覚えたのも策略だった。「結果として三席レベルの実験台という利用価値があった」倒れて気絶したまま虚化していくを見遣り口角を上げる奴の顔をよく覚えている。思い出すと腹わたが煮えくり返る。平静でなんてとてもいられない。


 ……だとしても。

 目を伏せ、俺の中にいるその存在を確かめる。

 おまえなんぞに喰われてたまるか。


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