藍染副隊長が総合救護詰所に運び込まれたことを聞いたのは、彼の任務出立を見送った翌日のことだった。

 今朝、珍しく一番に出勤していた隊長から聞き思わず目を丸くする。穏やかで優しい副隊長は事務処理能力が半端なく高いだけでなく戦闘技術だって折り紙つきの安定感で、毎回どんな難度の討伐任務だろうと予定通りの時間に終わらせて帰られるし、報告書を拝見する限りでも副隊長率いる部隊の負傷者は他より圧倒的に少なく、今まで大きな問題もなく完遂されていた。部下はもちろんのこと、副隊長が四番隊のお世話になるなんて、少なくとも自分が五番隊に入ってから一度も聞いたことがなかった。


「よっぽど強い虚だったんですね」
「まだ報告書上がってきてへんからはっきりせえへんけどな。話によると隊員庇って怪我したらしいで」
「それはまた、副隊長らしい…」


 不謹慎ながら敬服してしまう。隊長の執務机の前に立ち、副隊長の担当した任務指令書を受け取る。小隊長である副隊長と同行したのは一般隊士十名。普段並みの編成だ。昨夜この部屋から見送った副隊長が、まさか怪我なさるなんて、思ってもみなかったなあ。


「お見舞いにはもう行かれましたか?」
「あ?まだやけど」


 机に頬杖をつく隊長に指令書を返し、ならばと続ける。


「じゃあ午前中に行きましょう。急ぎの仕事があるかだけ確認しますね」
「は?」


 踵を返し自分の執務机へ方向転換すると、「」隊長に呼び止められてしまった。振り返り首をかしげる。隊長は隊長で、呼び止めておきながら呆れた風な顔をしていた。その意図を考え、あ、と零す。


「執務室を空にするのはまずいですか。わたしは残りましょうか」
「いや、そんなんどうでもええわ。…なんや俺だけかいな」


 つまらなさそうにそっぽを向いて頭を掻く隊長がいよいよわからない。わからないといえば、隊長のことだから部下のお見舞いにはすぐにでも行くものだと思っていたのに、そうしなかったの意外だな。いやでもこの人、ときどきこういうとこあるよなあ…。


「せっかく二人きりなんやしもっと喜んでもええのに」


 隊長から発せられた斜め上の台詞に目を丸くする。それから、口を一文字に結んで眉をひそめる。……そういうことか、油断していた。


「不謹慎ですよ」
「べつに誰も何も言わへんやろ。それこそ惣右介なんか絶対気にせえへんで」
「副隊長はそうかもしれませんが…」


 言いながら思わず苦笑いしてしまう。隊長の言葉には思い当たる節があったのだ。

 六年前、わたしと隊長のことを報告すると、副隊長は真っ先に祝福の言葉を述べられた。そもそも副隊長に伝えるべきか悩んだのだけれど、隊長の「あいつは隠してもすぐ気付くやろ」との言葉に深く納得し、正直に報告することにしたのだ。職場の三人のうち二人がそういう関係になったことに働きづらさを感じないか不安だったけれど、口ごもるわたしに副隊長は「僕は気にしないよ」と優しく微笑んでくださったあと、「気にしなくていいんですよね?」と隊長に確認を取った。おお、と隊長がゆるく肯定したその瞬間から、副隊長は本当に一切の遠慮も気の回しもなく、前日までと同じ態度で一緒に働いてくれたのだった。
 副隊長の切り替えの早さというか、割り切る気持ちの強さに改めて尊敬の念を強めた出来事だった。それに応えようとわたしも、勤務時間はうつつを抜かすことなく真面目な態度で仕事に励んできたつもりだ。だから副隊長がご不在だからって、浮かれる気は微塵もないのだ。隊長だってわかってるだろうに。


「とにかく、仕事しましょう。あ、お茶淹れますね」
「おー。おおきに」


 自分の席に座る前に給湯所へ行きやかんを火にかける。そういえば、お茶っ葉使い切ったんじゃなかったっけ。同じ茶葉の予備はあるけど、ちょうどいいからあれを出してしまおう。上から二段目の戸棚を開け、奥にしまってある茶筒を取り出す。
 お盆に乗せた湯呑みを運び、隊長の机に置く。「おおきに」「いいえ」いつも通りのやりとりをして、隊長が湯呑みに手を伸ばすのを横目に自分の席へ足を向ける。


「お、これ浮竹サンに貰たやつか?」
「そうです!やっぱりわかりますか」
「いつものと全然ちゃうやん。へー甘くて美味いな」


 湯呑みを持ったまま頬を緩める隊長にそれはよかったと満足げに頷く。このあいだ浮竹隊長から平子隊長へといただいた茶葉はお気に入りの品種だそうで、つまるところ絶対いいお値段なのは間違いなく、隊長から預かったわたしは貴重品を扱うかの如く真っ先に戸棚の奥にしまったのだった。とはいえ、浮竹隊長への義理や品質的にもずっと眠らせておくわけにはいかないなあと気になっていたので、ついに今日開封したというわけである。自分の席に座り、早速一口啜る。わあ美味しい。いつもの茶葉との差がよくわかる。前のも不満はなかったけれど、いいものを知ってしまうと戻ったときの落差に戸惑ってしまいそうだ。


「浮竹サンに今度礼言わんとなァ」
「十三番隊行くときおいしいお菓子持って行きましょう」
「そうしよか。どこのがええやろ」


 隊長とあれはどうだこれはどうだと意見を出し合うのが随分と楽しく、しばらく手土産議論に花を咲かせてしまった。お見舞いのことを思い出したのは三十分後で、二人して時計を見て焦るという事態に陥るのだった。


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