朝一で執務室へ出勤すると廊下で副隊長とすれ違った。「おはようございます」「おはよう」任務に出るのだろう、腰に斬魄刀を差した姿で察し、お気を付けて、と見送る。副隊長は和やかな笑みでありがとうと返すと横を通り、隊舎の出口へと歩いて行った。
 副官というのは往々にして隊長の補佐としてそばに控える立場ではあるものの、平時に置いては必ずしもその必要はなく、任務の采配によっては別々に行動をとることもある、らしい。とはいえ、平子隊長の場合仕様もないことにも部下を連れ回すきらいがあるので、副隊長も大変だろうとは思う。


「……」


 ぼんやりと、彼の後ろ姿を見送る。昨日の副隊長と市丸くんを思い出すとまだ薄ら寒くなる。あのあと別の話題になりガラッと空気が変わったものの、あんまり思い出したくない時間だった。耳の内側から響いてくる声に聞こえないふりをして、再度足を動かす。早く忘れよう。

 執務室に入り隊長にあいさつをすると、「おはようさん」と返ってくる。隊長は自分の机の前に立ち、屏風折りした紙を広げていた。それが、朝一で采配した任務の人員配置の一覧であることを知っているわたしは、全身を横からぎゅうと潰されるような居心地の悪さを覚えた。振り切りたくて、隊長へ歩み寄る。


「見せてください」
「ほれ。もう地獄蝶飛ばしてんで」


 受け取った紙には五件の出撃要請が並んでいた。現世の座軸、大まかな虚の数と特性等がそれぞれ記されている。さらに、隊長が書き加えたのだろう、任務に当たる隊士の名前と、大物には小隊長と一般隊士の構成があった。市丸くんと藍染副隊長の名前を見つける。わたしの名前は、ない。


「……わたしは…」
「あ?」


 どくどくと心臓が嫌な脈を打つ。足がしびれたみたいにくらくらする。冷静じゃないのかも、一瞬よぎったものの、この衝動を止める術をもたなかった。


「わたし、三席の仕事させてもらえないん、ですかね…」
「…?」
「お飾りの席次じゃないですか、今……任務全然なくて…ちゃんと三席として働かせてほしいです…」
「なんや、ほんまに現場出たいんか?気ィ変わったん」
「な、で、出たくないから出してこなかったんですか?!」
「……」


 思わず声を荒げてしまう。隊長がそんなことを言うとは思わなかった。いや隊長に当たってるだけだとわかってはいるけれど、強い口調が止められない。書類を握る手が震える。気持ち悪い。
 隊長は取り乱すわたしに驚いた様子だったけれど、つられることは一切なく、冷静に観察するようにわたしを見下ろしていた。隊長が全然動じてないのがさらに焦りを掻き立てる。


「へ、変なんですけど…!隊長、周りの意見に流される人じゃないのに、なのになんで…」


 自分でも支離滅裂なことを言ってると思う。でも今さら後に引けなくて、隊長の、わたしを見る目がいつもと違うことになんとなく気付きながら、視線から逃げるように俯くことしかできなかった。
 嫌だ。隊長はきっとわたしに親切だ。情けがあって施そうとしてくれる。特別扱いをされた結果がこの名ばかりの三席なのだ。「役立たず」昨日の副隊長と市丸くんが、無言のままなじってくるようだ。声が出せない、消えてしまいたいと思わせる、あの空気は恐ろしく、不快で、屈辱でもあった。嫌だ。忘れるなんてできない。あの空気を知ってしまった以上、このままここになんていられない。


?どないしてん。おまえこそ変やぞ」
「……!」


 とぼけたみたいな声だった。
 隊長はわかってるんだ。三席なのに机に張り付いている現状がおかしいことも、それをわたしが今、不満に思っていることも。わかってるにも関わらず、気付いてないふりをしたのだ。
 軽い絶望を覚える。……隊長にまで見放されたらわたし、いよいよどうしようもない。俯いたまま、片手を顔へ持って行き人差し指で鼻骨を押す。そうでもしないと泣きそうだった。どうしよう、これ以上何て言ったら……。


〜〜!一緒に任務行こ〜〜!」


「!」反射的に執務室の入り口へ顔を向ける。隊長も振り向いたのを気配で感じ取る。白だ。腰に刀を差した彼女の唐突な登場に、わたしも隊長もポカンとして声が出なかった。「ん?」白は部屋に流れる重たい空気に気付いたのか、目を丸くした、と思った次の瞬間には一切の遠慮もなく入室した。わたしの前で立ち止まる。


「ねえ、任務行こうよ〜!すぐだよすぐ!もう拳西行っちゃったから、早くー!」
「…し、出撃は、隊長の許可がない、と……」


 言ってて情けなさに語尾が震える。結局わたしは何の役にも立たない。眉間に力を入れて耐えるけれど、涙腺が今にも決壊しそうだった。これ以上ここに、隊長の前に立っていたくない。


「……? 、悲しいの?」


 その台詞に隊長の身体が強張るのを、視界の隅で感じ取る。ふわっと、頭に手を添えられ、ポンポンと優しく撫でられる。白の柔らかい手が、あやすように何度もわたしの頭を撫でてくれた。「元気だせー」ふわふわと真綿で包んでくれるような声に、身体中の力が抜けていく感覚を覚える。


「……白、手ェ持ってんの貸せ」
「ん?はーい」


 紙擦れの音が聞こえる。白が持っていた書類を隊長に渡したらしい。それが、合同出撃任務の依頼書であることに気付くのは、少しあとのことだった。


「……、行ってこい」
「え、」
「空いてる小隊連れたってな。白、あと頼むわ」
「らじゃ!」


 ビシッと敬礼を決めた白に手を引かれるがまま、執務室を後にする。隊長の顔は最後まで見れなかった。


「……はー…」


 彼の重い溜め息も聞こえないまま。


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