六車隊長率いる小隊とは穿界門の前で合流できた。駆け足でやってきたわたしたちに振り向いた彼は、遅えと一言諌めたあと、五番隊の面々を一人ずつ目でなぞった。


「全員地獄蝶はついてるか」
「はい!」
「よし。作戦は移動しながら詰めるのでいいな。行くぞ!」


 号令に九番隊と五番隊の隊士が揃って応答する。ただ一人、白だけ、はーいと間延びした返事をした。

 六車隊長の先導の元、穿界門が開く。本当に二部隊の合同任務が始まるのだ。隊長格と一緒の任務はすごく久しぶりなため、緊張感が高まる。しかも他隊の隊長だ。粗相のないようにしないと。
 人員の問題や隊士の適性を鑑みて合同部隊が編成されることは多々ある。今回土壇場で決まったのもあり、おそらく前者の理由で九番隊からの要請があったのだろう。五番隊は比較的どこの隊とも良好な関係のため、後ろを歩く隊士たちも特に不和なく軽くあいさつを交わしていた。
 五番隊の小隊長を務めることになったわたしは六車隊長の一歩後ろについていきながら、現世での任務内容を聞いていた。昨日九番隊の小隊が手傷を負った案件で、標的の虚の他にも小物が多く出現したという。広範囲に展開し、追ううちに陣形が乱れてほとんど仕留められなかったそうだ。幸い死亡者は出なかったものの、完全に統率を執るようになると面倒なため今日確実に叩くべく隊長格が出るのだと。


「五番隊とうちの奴らは雑魚の一掃を任せる。大物の虚は出現次第俺が潰すからそのつもりでいろ」
「承知しました」
「ねー白は?白も一番強い虚倒したーい」
「うるせえ。てめえも雑魚倒してろ」
「え〜〜!」


 六車隊長の陰からひょこっと顔をのぞかせた白が不満の声をあげる。それを鋭い眼光でひと睨みした六車隊長が、舌打ちと共に彼女の死覇装を首の後ろからむんずと掴んだ。そのままわたしへ押し付けるように放り投げる。「わっ?!」反射的に抱きとめる。


「三席!おまえは白の目付け役もやれ」
「めっ…」
「何それえ!白は赤ちゃんじゃないよ〜だ!」
「同じようなもんだろ!おめえが五番隊がいいって聞かねえから指名したんだ。今回こそはおとなしくしてろよ」


 口を尖らせ抗議する白に念を押す。任務での白が普段どんな風なのか知らないけれど、六車隊長の眉間の皺の深さを見る限り執務室での様子と変わりないのだろう。自由奔放な白と怒鳴りつける六車隊長を思い出すと苦笑いを禁じ得ない。


「むしろ頼りにしてるよ白」
「うん!もっちろんだよー!」


 前からガバッと抱きつく白の背中に手を回そうとすると、「あっ」何か思い出したのかすぐに離れた。白の丸くて大きい目がわたしを覗き込む。


「もう元気?」
「……あ、」
「拳西〜さっき真子とケンカして泣いちゃったんだよ」
「あ?」
「まっ…!」


 ぎょっと目を見開く。う、うわあ今それ言わないで!任務の直前だし、何より後ろの隊士にも聞こえたかと思うと羞恥で身体中が熱くなる。「ま、白、今その話は…」止めようと白の肩に手を置く。六車隊長の顔は見れない。やばい変な汗出てきた。


「おまえの事情なんざ知るかよ。ここに来た以上三席の働きしてもらうぞ」


 思わず、顔を上げた。六車隊長は先ほどと変わらずしかめ面のままだった。言葉に嘘も気遣いもない。本音だ。慌てて、背筋を伸ばす。


「――はい!」


 そうだ、六車隊長は今、わたしに三席の働きを求めてくれてるのだ。期待に応えたい。気を引き締め直し、すうっと息を吸う。今朝の執務室より深く呼吸ができた。





 現世の予定地点に到着するなり虚に襲われている魂魄を六車隊長が救出した。周囲にポツポツと感じた虚の霊圧が連鎖するように集まってき、そのまま流れで臨戦態勢に入る。事前の指示通り下級の虚の討伐にあたる二部隊の隊士。わたしは白と六車隊長のそばに控えながら、指示を受けた際迅速に全員に伝令できるよう地獄蝶の管理を担った。六車隊長によると白は手持ち無沙汰だとどこかに行ってしまうらしいので適宜居場所を把握しておく必要があるかと思っていたけれど、そこまで気を割くことはなく、彼女は私語を挟みながらもほとんどずっと一緒の持ち場で討伐を担ってくれていた。
 六車隊長の指示は素早く的確で、虚の散開具合の確認を求めたり、そこから霊圧を消して潜む虚の位置を割り出し隊士への移動指示を出したりしていた。主に索敵と隊長・隊士間の伝達役として機能していたわたしは、間近で六車隊長の仕事を拝見することができたのだった。

 やがて六車隊長と横取りを目論む白の手によって司令役の虚が倒されると、任務は終了となった。辺りはすでに薄暗くなっており、長時間の任務だったことがうかがえる。とはいえ、誰も大きな怪我はなく、現世への影響もほとんどない。上出来だろう。さすがは六車隊長だ。
 全隊士の確認が取れるなり穿界門を開き、来た道を引き返す。交代で休憩を取りつつもぶっ続けで任務に当たったため、疲労困憊ゆえに隊士の口数は一つもなかった。行きと同じく先頭を歩く六車隊長の後ろについていく。任務のお礼を言わないと。


「今日はありがとうございました。未熟で色々ご迷惑をおかけしたかと思いますが…」
「べつにかかってねえよ。むしろ急な招集に応じてくれて助かった。あとで真子に礼言いに行くって伝えといてくれ」
「は、はい」
「…なんだよ。お疲れさんっつってんだよ、三席」
「……」


 むずむずと嬉しさがこみ上げてくる。破顔してしまいそうになるのを堪え、努めて冷静を装い、お疲れ様でしたとお辞儀する。顔を上げると、自分の顎に手をやり見下ろす六車隊長の目と合った。


「そういや真子と喧嘩してたんだっけか?」
「あ…い、いえ!」
「ねーこのままご飯行こ〜!お腹すいたー!」


 わたしと六車隊長の間に入るように白がぴょんと跳ねた。任務で疲れてるだろうに、彼女は最初から最後までずっと元気だった。さっき穿界門を潜る前、せっかく現世に来たんだから遊びたいと暴れていたほどだ。この体力、見習いたいよ。


「一人で行ってろ」
「ぶ〜!拳西には言ってないもーん!」
「……」


 目の下を下げあっかんべーする白とこめかみに青筋を浮かべる六車隊長。この二人はどんな非常事態でもこんな調子なんだろうと思うと、もはや安心感さえ覚えた。


「ねー、あたしおいしいお刺身食べたい!行こー!」


 腕を絡ませ、顔を覗き込む白。白の、力強く手を引いてくれるところがすきだ。強引にも、今朝のドロドロと重い心を引っ張り上げてくれる、底抜けに明るい光に助けられた。


「…白、ありがとう」


 わたしも、いつも通りがいい。この時間ならまだ執務室にいるはずだ。会いに行って、伝えなくてはいけない。今回の任務で決心がついたんですよ、隊長。


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