銭湯から東西に伸びる道は温泉街を真似たような飲食店や土産屋さんが立ち並んでおり壮観だった。現世の流行を取り入れましたと言わんばかりの目新しい食べ物や華やかな外観は銭湯関係なしに心惹かれ、湯上がりのホカホカの身体のまま、わたしたちは西方向へ練り歩いていた。外も暖かいし、湯冷めの心配はいらないだろう。
 人通りは大変多く、ぶつからないように気をつけないといけない。たった今すれ違ったのは知らない私服姿の男女だった。そういえば、そういう人たちが多い気がする。逢い引きにはちょうどいい場所なのかもしれない。


「女が一人で歩いてると声かけられるらしいで」
「へー」


 同じことを考えていたのか、リサがそんなことを言う。ただまあ、今のわたしたちには馬の耳に念仏なのだけれど。
 だってこんな強い女性集団もなかなかない。四人中三人が副隊長という権威も実力もある人たちだ。瀞霊廷内で知らない人はまずいないだろう。集団行動してるし、まさか一人でいるところを狙って声をかけるほど命知らずもいるまい。かけられる声といえば部下であろう隊士からの挨拶くらいなものだ。そう思うと、わたしの友だちはみんなすごいんだなあ。
 店頭に並んだお菓子や外から見える飲食席の様子を見ていると目移りしてしまう。あんみつ、カステラもおいしそう。おやつもいいけどお昼ご飯のお店も決めなきゃいけない。親子丼いいな、でもあっちでマグロの焼き魚食べてる人いたの気になるな。

 歩調は自然とゆっくりになっていく。最後尾を歩いていたせいで、いつの間にかひよ里たちと距離ができてしまっていた。それに気付くと同時に、一軒のご飯屋さんが目に留まった。行列の続くその店の前で立ち止まる。……。


「お嬢さん一人?お茶せえへん?」


 後ろから聞こえた声に振り向く。
 進行方向とは逆、わたしたちが歩いてきた方向の、大股三歩くらいの距離に立っているその人、隊長と目が合った。死覇装に隊長羽織を羽織った仕事服で、面白そうににこにこと口角を上げている。


「連れがいるので」
「冷た!」


 丁重なお断り文句に突っ込みこそすれ意に介した様子はなく、隊長は空いた距離をスタスタと詰めてきた。動くたび揺れる長髪は朝から晩までつやつやのまっすぐでうらやましい。でも洗うの大変そう。今言いたいのはそんなことじゃあないのだけど。目の前で立ち止まった彼を見上げる。


「隊長」
「ん?」
「いつもこんなところまでサボりに来てるんですか?」
「人聞き悪いなァ。今日はたまたまや」
「すぐ嘘つく」


 わざとらしく顔をしかめ、目の前の店を指差す。海鮮丼を売りにした食事処だった。店内での飲食の他に、持ち帰りも可だと店ののぼり旗が謳っている。店頭のお品書きを見ても、この間隊長にごちそうになった海鮮丼と相違ないと確信できた。


「おー、覚えとったか」


 ちらりと店を一瞥したと思ったらいけしゃあしゃあとのたまう隊長。怒る気も失せ、はあ、とこれ見よがしに溜め息をつく。隊長の奢りでおいしくいただいた手前、一方的になじれる立場でないのもわかっているのであんまりお咎めできないだろう。ちゃんと仕事してくださいよと見上げるも、依然楽しそうな隊長にはそれこそ馬の耳に念仏だった。


「なんや、今日かわええなァ」
「え?!」


 唐突な台詞に声がひっくり返ってしまう。なんだ急に…?!その手の褒め言葉に慣れてないためどう反応していいかわからない。思わず隊長を凝視するも、わたしを見下ろす彼に変わった様子はなく、それにまた動揺した。


「頬赤ァて」


 おもむろに伸びてきた手に反応できず、隊長の指の背がわたしの左頬に触れた。ぴとっと密着したことに脳が追いついた瞬間、顔を背ける。手はそれ以上追ってこず、肘を曲げてすぐに引っ込められた。無意識に左頬に自分の手を当てる。


「……隊長手冷たくないですか」
「そーか?の頬が熱いんとちゃう?湯冷めせえへんよう気ィつけや」
「はあ…」


 確かに、手のひらに伝わってくる頬の熱ははっきりしている。お湯に浸かったんだから当たり前だ。隊長の手が普段冷たいのか暖かいのか、知らないから変なことを言ってしまった。居た堪れなくなり、つい話を変えてしまう。


「あの、隊長、お土産何がいいですか?夕方執務室寄るので…」
「なんや、気ィ遣わんでええよ」
「そういうわけには…お休みいただいてますし」
「あー、そんならたい焼きがええな。も少し行ったとこの店のが美味かってん」


「たい焼きですね。わかりました」帰る前に買うつもりなので、忘れないように頭の中で繰り返す。隊長と副隊長の分があればいいだろう。自分の分も買っていって、もし市丸くんがいたらあげればいい。


「ほんま、俺らのことなんか気にせんとゆっくりしてきや。せっかく友達と遊んでんねから。まァ声かけてしもた俺が言うのも何やけど」
「はあ、お気遣いありがとうございます…」
「ほなな」


 最後に隊長はわたしの頭をぽんぽんと撫で、おもむろに踵を返した。なびく金色の髪を目で追い、一つ息をつく。東側にも店は続いているみたいだから、あっちの方に用があったのだろうか。たまたま見かけたから声をかけてくれたのか。

 ……やっぱり納得してしまうな。わたしの三席起用の理由が、隊長の慈悲であるということに。情けや施しの気持ちがあったから引っ張ってくれたんだろう。改めて考えると、あの人基本的に親切だもの。


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