大きく息を吸って、長く吐く。これでもかってくらい丁寧な深呼吸をすると身体の力が全部抜けて気持ちがよかった。首から下が浸かるお湯で芯から温まっていくのがわかる。檜の香りが鼻腔をくすぐるのもいい。新しい銭湯なだけあって浴場内は明るく、もくもくと立ち昇る湯気がよく見えた。天井を見上げながら湯舟の木枠に寄りかかる。


「気持ちい〜」
「ええ湯やなァ」
「白、手ぬぐい落ちそう」
「お?ありがとー」


 ようやく休暇を合わせられたわたしたち四人は昼前から銭湯にやってきていた。護廷隊の隊舎からも離れたここは日中といえど繁盛しているらしく、わたしたちの他にも休暇でやってきた女性隊士や貴族の姿が多く見えた。今こそ他の人の邪魔にならないよう壁際の一角でのんびりしているものの、数分前まで貸切状態だったのでひとしきりはしゃいだという秘密があったりする。
 辺りを一瞥してから、近くでおとなしくしている三人を盗み見る。髪紐や眼鏡を更衣室に置いてきているので、いつもと雰囲気が違うのがまたいい。ひよ里とリサの髪の毛は今はまとめて手ぬぐいの中にしまいこまれている。白の手ぬぐいは頭の上に乗せているだけなので、たった今ずり落ちそうだったのをリサが直していた。


「なんかこのまま眠っちゃいそう〜」


 ぽかぽか上気する頬を両手で包み込む白。お湯の中は気持ちよくて、まどろむ彼女の気持ちもよくわかる。「溺れ死ぬで」というリサの注意にもにこにこと笑うばかりだ。


「ひよ里もお疲れだったしいい時期だったね」
「ほんまになァ」


 手を組んでぐぐっと背伸びするひよ里。手ぬぐいからピョンとはみ出た髪の毛が可愛い。へらっと笑い、自分の手ぬぐいからこぼれ落ちた横髪を耳にかける。


「ひよ里んとこ相変わらずイカれとんの」
「イカれとるイカれとる。昨日なんて異臭騒ぎで大変やってんで」
「それあたしも聞いた〜」


 白は十二番隊に妹ちゃんがいるから技術開発局の情報が早いのかもしれない。とにもかくにも、ひよ里の口から紡がれる技術開発局のぶっ飛びエピソードは驚かされる内容ばかりである。大体、結局何をしようとしてたのかわからずじまいなオチだから余計恐怖が募る。曳舟隊長の頃にも新しい技術の開発はしていたけど、局の雰囲気は未だひよ里に馴染まないらしい。


「ここ数年あたしらの周りであった大きい出来事なんてひよ里んとことの昇格くらいやろ」
「ねー。が急に三席になったのびっくりだったもん」
「急だったもんね…」


 肩をすくめて苦笑いする。事前の知らせもなく突然の通達だったため周りを驚かせてしまったらしい。書面で知らされたわたしの昇格に対し、友人が揃って目を丸くしていたのを覚えている。「急っちゅーか」顎をしゃくるように上げたひよ里に三人の視線が集まる。


「どう考えてもに三席はまだ早いやろ。ほんま何考えてんねんハゲ真子」


「…あ、ああ…」実力が伴ってないってことだ。急な昇格というより、見合ってない席次に驚いていたらしい。身も蓋もないご意見に居た堪れず体育座りで身を縮こめる。それは、わたしも思ってるけどなあ……。


「でもが三席になったのって事務仕事してもらうためなんでしょ?真子ずりーの。自分がサボりたいからって!」
「ほんまになァ!」


 隊長へも遠慮なしに言いたい放題な二人に苦笑いしかできない。全然腹は立たないし、むしろちゃんとわたしに実力があればみんなもこうは言わないんだと思うと、自分が情けないし隊長にも申し訳なくなる。
 と、視線を感じて顔を向ける。先程から沈黙しているリサだ。眼鏡がないせいでいつもより鋭い眼差しと合う。何を言うんだろうと無意識に固唾を呑む。


「リサ…?」
「あ?なんやリサ、あんた何か知ってるん」
「べつに。直接聞いたわけやないから言わへんけど」


「まあ、事務適正があるのは理由の一つやろな」そう付け加え、ふうと一つ息を吐くリサ。ひよ里の言う通り、何か知ってるんだろうか。隠れているものへの好奇心が人一倍な彼女のことだから、みんなが知らないことを知っていてもおかしくはない。普段の彼女の印象からそう思った。
 とはいっても、この件に関してはもう知ってるんだけど。


「なんか、隊長が慈悲で昇格させてくれたらしいよ」
「ハア?なんじゃそら!あのハゲが言うたんか?!」
「え、うん…?」
「はー!舐められてんで!」
「真子はそない理由で部下の人員配置決めへんやろ」


 え。思わず目を丸くする。リサがはっきりと否定したのが意外だったのだ。熱くなって立ち上がらんとするひよ里も同じことを思ったのか、わたしと同じ顔をリサに向け居住まいを正した。
 隊長が言ったのだ。厳密には、わたしが言ったことを隊長が否定しなかったってだけなのだけど、でも否定されなかったってことは、慈悲ですって言ったのと同じじゃないか、と思うんだけど。少なくともこないだわたしはそう受け取ったよ。
 でもリサがこんなにはっきり言うってことは、もっと違う理由があるんだろうか。もしかしたら、もっと救いのある理由があるのかも。彼女をじっと見つめる。もしかしたら期待の眼差しを向けていたかもしれない。リサも眉ひとつ動かさず、わたしを見据える。


「自分の都合だけで決めました、言う方がよっぽど信じられるわ」


 もっとひどかった。というかそれ、つまり白が言ったのと同じでは…。リサたち友人の平子隊長への認識に思わず苦笑いがこぼれた。


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