白が五番隊に顔を出したのは仕事があらかた片付いたあとの昼下がりだった。ちょうど座った体勢のまま背伸びをしたところで、軽快な足取りと明るい声で「やっほー」と入り口から顔を覗かせた彼女に思わず高い声が出る。


「白!」


 なにせ今日は珍しく外に持っていくものがなく、昼休憩に隊長とご飯を食べに行った以外執務室に引きこもっていたのだ。お客さんが来たとあっては浮かれるのも無理ないでしょう。しかも白だ。いつも明るくて奔放な彼女は一緒にいるだけで楽しい気分になるので大好きだった。
 早速お茶を出そうと立ち上がる。そうだ、お昼の帰りに買ったわらび餅を一緒に食べよう。


「あり?眼鏡の人いないの?」
「副隊長なら今日は半日休暇だよ」
「ふーん」


 聞いたはいいもののさほど興味がなかったらしく、くるっと身体の向きを変え「真子と二人っきりじゃん、いいなー」と隊長と会話する方向に転換したようだった。 確かに副隊長は午前の業務が終わってすぐに帰られたので、午後はずっと隊長と顔を突き合わせて仕事をしていた。とはいえ、執務室に常駐している三人のうち誰かが欠けるのはよくあることなので特別珍しいことでもない。


「おーうらやましいやろ。仕事の邪魔すんなら帰り」
「ぶ〜〜つまんなーい。遊びに連れてっていーい?」
「あかんあかん。は俺と休憩したからあとは仕事あるのみですゥー」
「えー真子ばっかずるーい!」
「俺の部下やからな」


 なぜか得意げに答える隊長に白が駄々をこねるのを、耳でだけ聞いて人知れず笑みが零れる。仲良いなあ。まるで取り合いされてるみたいで心臓あたりがむずがゆくなるのは、しあわせなことなんだろう。

 俺の部下といえば、わたしの三席昇格は隊長の推薦あってのことなんだそうだ。当時、夜間の任務で殉職された三席の先輩隊士の後任に誰が就くのか、隊内ではいろんな憶測が飛び交っていた。上位席官が有力候補に挙がる中、まさか下位席官が選ばれるとは思ってもみなかった。ただでさえ真央霊術院を一年で卒業した期待の新人である市丸くんの可能性も囁かれていたほどなので、本当に寝耳に水だった。
 つい最近まで院生だった市丸くんに比べたら席次持ちの自分の昇格は大抜擢というほどではなかったけれど、おかげさまでしばらく彼とは顔を合わせづらかった。なにせ、隊長がわたしを推薦した一方で、副隊長は市丸くんを推していたのだ。護廷隊は良くも悪くも実力主義なところがあるから、新人の市丸くんが三席に抜擢されてもおかしくない。とはいえ、彼の四席着任に不満の声が一切なかったかといったら嘘になるので、三席だったらどうなっていたことかと思う。


「あっそうだ!今度借りれるように拳西にお願いしよっと」
「あんま拳西困らすなや」
「白、わらび餅食べよー」
「えーっ食べるっ!」
「あコラ!俺とあとで食おーて買うたやつやんけ!」
「隊長のもありますって」


 ぴょんぴょんと軽い足取りでソファにやってくる白のあとを追うように席を立つ隊長。……三席推薦の件、聞いたときはにわかに信じがたかったけど、こんな穏やかな時間を過ごせることには感謝してる。さすがに不謹慎なのでお礼を口にすることはしないけれど。

 白はきな粉がたっぷりついたわらび餅をペロッとたいらげ、熱いお茶をごくごく飲むとすぐに五番隊をあとにした。ばいばーいと元気よく手を振り執務室を出て行った彼女に仕事の用件は何もなく、本当に遊びに来ただけだったようだ。相変わらずのマイペースをうらやましく思いながら白のお皿と湯呑みをお盆に乗せ、ソファに座り直す。向かいの隊長もまだ仕事に戻る気はないようで、自分のお茶を啜りながら怠そうに背もたれに寄りかかっていた。


「毎度手ェかかんなァ白は」
「いいですよね。白と働く九番隊楽しそうです」
「行かせへんで」
「はあ」


 間髪入れずの台詞にどう反応したらいいのかわからず曖昧な返答をしてしまう。変な言い方をしただろうか、べつに異動したいって意味じゃなかったんだけどなあ。目を逸らしお茶を啜る。隊長も隊長でさほど気にした様子もなく、湯呑みに口をつけながら、さっきまで白の座っていたわたしの隣辺りに目線をやっていた。盗み見るも視線に気付いた様子はない。


「……隊長ってどうしてわたしを三席にしたんですか?」
「なんや今さら」
「まあ…」


 今まで聞いたことがなかった。なにせわたしの昇格は前三席の殉職をきっかけとしているのだ。先輩の死は五番隊に大きな衝撃を走らせたし、彼に任務を与えた隊長は責任を感じているように見えた。昇格の件自体が三席の死に触れることと同義になってしまうため、暗黙の了解で禁句になっていたのだ。そのため、気にしないよう、触れないよう、わたしは目の前に積み重なる新しい業務で頭をいっぱいにした。三席の位を拝命した日以来、一度も話題にしなかったのだ。
 あれから三年が経ち、隊内でも時折彼を悼む声や昔話に花を咲かせる会話が聞こえてくるようになった。なんとなく、もう腫れ物みたいに扱わなくていいんだと思えるようになっていた。その直感は当たったようで、今、隊長は表情を曇らせることなく、ただわたしを見据えていた。

 わたしの三席昇格に関して、最大の謎は市丸くんの存在だった。彼は五番隊入隊後の手合わせで席官を軒並み転がしていた。もちろんわたしも例外ではなく、彼の尋常じゃない強さにみんなが戦慄したのを覚えている。ただ、人を見下したような言動や飄々とした謎多き態度、そして先述した経験値にそぐわぬ戦闘力に、怪訝に思う隊士は多くいた。四席に就いた彼を裏で妬む人がそれだった。とはいえそんな声はすぐに消えたのだけれど。


「今や市丸くんの実力はみんな認めてますし、隊長なら入隊時点でわかってたんじゃないですか?」
「そらな」


 流暢な肯定だ。それでいてこの人員配置をしたということは、何かしら理由あってのことだろう。わたしが説明を求めるようじっと見つめると、なぜかフッと視線を流される。


「まァ、ギンはわざわざ俺が起用せんでもそのうち副隊長あたりに抜擢されるやろ。空きさえ出れば」
「はあ…」


 相槌を打ってから、意味を理解する。つまりわたしはなれないってことか。理解したことを察したのか、隊長もニヤッと笑った。思わず渋い顔をしてしまう。


「拗ねんなや。しゃーから俺が置いてんねやろ」
「…隊長の慈悲だったんですね」
「慈悲っちゅーか……まあ。ともかくおまえはずっと俺の部下やから、諦めるんやな」


 何を諦めるんだろう。昇進だろうか、九番隊への異動だろうか。どっちも希望してないんだけどな。訂正しようかと思ったけれど、隊長の笑った顔が随分と優しげだったので、まあいいかと思った。湯呑みを持ち上げ一口啜る。やっぱり三席になれてよかった。


5│top