昼食のお店を考えながら外を歩いていると、少し離れたところを歩くひよ里を見かけた。死覇装姿でこそあるものの技術開発局の白衣は羽織っておらず、実験器具を運んでいる風でもない彼女は最近では珍しかった。
 遠目で眺めているとひよ里がこちらに気付き、あっと反応するなり一目散に駆け寄ってきた。あいさつもそこそこにガシッと腕を掴まれる。「今から飯か?」「うん」「ほんなら付き合うてや!ガッツリ食えるとこ行くで!トンカツとか!」言うなり腕を引いて駆け出すひよ里。特に異論はなかったので、念のためいいよと了承の返事をしてついて行った。

 有言実行、揚げ物に強い定食屋さんにやってきたわたしたちはさほど迷うことなく二人でトンカツ定食を注文した。料理を待つ間聞いたところによると、彼女は日夜行われる謎の実験を手伝わされることに嫌気がさし、半ば逃げる形で飛び出してきたのだそう。「喜助も三席もほんま腹立つねん!人のことコキ使いよって」と憤懣やる方ない様子で腕を組みふんぞり返るひよ里。三年前、浦原隊長が十二番隊内に立ち上げた技術開発局という機関の全容は今でも不透明なのだけれど、新薬開発や義骸の改良を研究しているらしいことは聞き及んでいる。とはいえ、局員のひよ里の立場からすると疑問に思ったまま働かされるのは不安なことだろう。豪快でおおらかな曳舟隊長が率いていた頃の十二番隊の雰囲気とだいぶ変わってしまったのもあり、馴染むのには時間がかかりそうだ。


「手伝えることあったら言ってね…」
「おー。…て、も三席んなってから事務仕事やらされてんねやろ。そっちはどないやねん」
「え、うん、まあぼちぼち」


 つい便利な言葉を使ってしまった。的を射てないなとバツが悪くなり、苦笑いで緑茶の湯呑みに手を伸ばす。案の定ひよ里にも本当に大丈夫なのかと怪訝な目を向けられてしまったけれど、許してほしい。だって順調と言えるほど何もかもはうまく行ってないし、さっぱりと言うほど途方にも暮れてないのだ。


「いうて、机に座ってる分任務減ったから忙しくはないんだよ。身体鈍ってるよー」
「へえ。ほんなら飯食うたあとうちと手合わせしようや。うちも身体動かしたかってん」
「お、おお…お手柔らかにお願いします」


 おう!と景気良く笑うひよ里に肩をすくめる。間もなく、トンカツ定食が二人前運ばれてきた。手合わせのときはお腹への攻撃は禁止にしようと話しながら、二人で箸を取った。





 一時間ほどの手合わせが終わる頃にはボロボロだった。十二番隊舎から見送ってくれるひよ里に手を振り、鍛錬場をあとにする。……思ってた以上に身体が鈍ってた、気がする。反応はできるのに身体がついていかないというか、単純に技術も落ちてる気がする。ひよ里にそれで大丈夫かとまじめに心配されてしまったほどだ。自舎でまったくしてなかったのかと聞かれたらそんなことはないのだけど、滅多に任務がないから気が抜けていたのだろう。自覚できてよかった、自覚と引き換えに身体の至るところが痛くても仕方ない。

 五番隊舎に着き、まっすぐ執務室に向かう。昼休憩のあと一度戻ってひよ里と手合わせする旨を伝えてあるので特にお咎めはないだろう。そもそも隊長や副隊長も自己鍛錬に励むことがあるというのに、わたしが怠けていい理由は一つもないのだ。これからはもっと身を入れよう。


「戻りました」
「おォおかえり。しごかれたか」
「はい…あはは」


 机で頬杖をついていた隊長に苦笑いする。自席に座り、午前と変わっていない書類の山に手を伸ばす。「あいつは手加減するーてこと知らんからなァ」日頃ひよ里と格闘する隊長は彼女の素早い剣捌きもよく知ってるのだろう。わたしだってよく知ってるつもりなのだけど、はたから見るのと対峙するのでは全然違う。そもそも彼女は歴とした副隊長なので、お粗末な三席のわたしなんかが歯が立つはずもない。


「けどなんで急に手合わせなんかしてん」
「いや、最近任務少ないので腕が鈍ってる気がして」
「あー、なるほどなァ」


「まァには机仕事ほとんど任せとるからなァ」あさっての方向を見ながらお茶を啜る隊長。副隊長や市丸くんは小隊長として任務に出てるのに、なんでわたしだけ。ふと湧いた疑問と合わさり、はあ、と打った相槌が不満げな声になっていた。


「どないしてん?」
「あ、いや、ずっと事務仕事かと思うとどうなんだろうなと」
「なんや、おまえ現場志向やったんか」
「いや、そういうわけじゃ…」


 しまった、変な流れになってしまった。つい任務に行きたそうなことを言ってしまった。元から虚討伐が得意じゃないから、積極的に出たいとは思ってないのに。きまりが悪くて隊長の方を見られず、机上の書類に目を落とす。


「ほんま素直やないのォ」


 うわやばい、明日からいきなり小隊任されたらどうしよう。おそるおそる隊長を盗み見ると、いたずらっぽくニヤッと笑う顔と目が合う。思わず顔をしかめてしまう。何か言うべきかと思いつつ、これといって意見は思いつかない。まさか今さら任務入れないでくださいなんて情けないことは言えなかった。
 結局、直後に副隊長が戻ってきたため話は流れた。けれどわたしの心配もよそに、明日もその次の日も、隊長から任務を拝命することはなかった。


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