前は誤魔化した。あれ以来聞いてくることはなく、むしろ本人に三席への執着が芽生えていたから安心していた。はまだ、自分の席次に疑問を持ち続けていたというのに。

 昨日の任務は俺の采配ミスだ。標的外の虚の報告は他隊から何度も上がっていたにもかかわらず、緊急性と人員の戦闘力を勘案して二人に向かわせてしまった。単独行動する虚だからと甘く見ず、小隊と合流させるべきだったのだ。
 任務後、瀞霊廷に戻るなり届いた救援要請に心臓が止まるかと思った。惣右介に四番隊への要請を任せ、ただちに穿界門を通って現世に向かった。現場に着くなり、頭から血を流して倒れているが目に入った。ほんまに、何の悪夢かと思たわ。あんなんはもう二度と御免やったんに。

 全然駄目でした、市丸くんの足手まといでした、何もできませんでした。堰を切ったように自分で自分を責めるにそんなことはないと否定の言葉を返すが、何一つ届く気配がなかった。任務の様子を見ていない俺が何を言っても意味がないのだろう。だとしたって、こんな自虐的な彼女を黙って見ていられない。


「そない気にせんでええ。俺の読みが甘かったせいなんやから、は文句言うたってええくらいやで」
「違います、わたしができると思ったんです。でも務まりませんでした。こ、こんな隊士が三席にいちゃ駄目です」


 依然俯き布団を握りしめるに眉をひそめる。おまえを実力に見合ってない席次に置いてるんは俺の勝手や。藍染の意見を跳ね除けるために自分が信頼できる隊員を置きたかった。が俺の近くにいればいるほど安心できた。完全に俺の都合や。


「もういっそ、席次を剥奪していただいても、五番隊クビでもいいので…」
「落ち着け。自暴自棄になってんで。おまえちゃんと力あんねから、今回だけで腐んなや」


 言い終えた瞬間、目を瞠った。俯いたの髪の隙間から、水滴が二つ、落ちたのだ。それは掛け布団に落ち、小さな染みを作る。涙だというのは言うまでもない。現には、誤魔化すようにさりげなく目元に手をやった。……泣かせた。

 心臓がギリギリと締めつけられる。絶対させたくない顔をにさせた。味わわせたくない感情にさせた。自分の行為によって引き起こされたという事実に思考が支配される。無意識に膝の上の手を握りこんでいた。泣くな、つらい思いすんな。

 ……そもそもはなんでこない責任感じてん。べつにそこまでやらかしてもないやろ。なんならとギンの立場が逆でも同じこと言うで俺は。三席なのに情けない、なんて少しも思わへん。あの現場は人の密集地から離れとったから魂魄の被害もなかった。ちゃんと救援要請が間に合ってよかったゆうくらいで、大した話やないでこんなん。俺何か間違うてるか…?
「……こんなことをわたしが言うのは、お門違いだとわかってるんですが、」鼻声混じりのが俯いたまま吐露する。思考しながら、寝台の足の方へやっていた目線を彼女へ戻す。


「実力不足の三席を置いた隊長の判断が間違ってると誰かに思われたくないんです……隊長の評価を、わたしが下げたくないんです」


「……」それか。そないなことで、悲しんでんのか。
 握り込んでいた拳は解け、無意識に彼女へ手を伸ばしていた。逡巡したものの、いいかと思いそのまま濡れた目尻に人差し指の背を当てる。の身体が硬直するのがわかったが、構わず涙を拭う。一緒に横の髪の毛を耳にかけると顔がよく見えた。まん丸の目ん玉と視線が合い、離さないようまっすぐ見つめる。


のせいで上がろうが下がろうがどっちでもええわ。俺は自分にできることしかせえへんから」
「……なんでそこまでして、わたしを置こうとするんですか」


 あ、目ェ逸らしよったな。バツが悪いのか気まずいのか、俯いて布団で視界をいっぱいにしている。そのくせえらいこと聞いてきよるから難儀なやっちゃな。なんでそこまでしてって、そんなんなあ、何て言うのがええんか、俺かてずっと考えてんねん。

 おまえやないと駄目やないけどおまえがええ。俺が目ェつけたってんから死ぬまで離さへん。おまえには幸せに笑ってほしい。健やかに生きてほしい。それが俺から見えたらええ。おまえといると落ち着く。おまえをからかうのも楽しい。おまえといるのが一番楽しい。おまえを守れなかった責任がある。死後の世界でまた会えて嬉しかった。いっそ連れ去ろうかと思った。死ぬほど大事にしたい。いっそ、おまえならなんでもいい。

 おまえなら何でもいいから全部俺のもんにしたい。


「……」
「……隊長…?」


 うかがうように見上げるの視線と合う。
 ……弱ってるとこ付け込むつもりなかったんやけどなあ。けどここ誤魔化したら、ほんまにどっか行ってまうんやろな。俺の制止振り払って、俺が手ェ出せへんとこまで逃げるんやろな。二度と距離は縮まらない。そんなん絶対御免や。


「色々あんねんけど、まとめるとおまえが大好きやからやな」


 案の定ポカンと呆ける。「……え?」聞こえなかった訳ではないだろう。の涙で潤んだ目がキラキラ輝いている。泣いてほしくはないが、泣いててもすきなことには変わりない。
 というか、そない意外なことか。俺結構普段からわかりやすく接してたつもりやねんけど。べつに気ィついてほしくて主張してたわけやないけど、上司部下は関係なく特別扱いしてたし可愛がってたやろ。ほんまに気付いてへんのかこいつ。

 依然固まるにハア、と溜め息をつく。…まあええわ、そない顔真っ赤にしてくれたら十分や。腰を上げ、の額に軽くデコピンをかます。


「った!」
「クビやら異動やら考えるくらいやったら俺のこと考えとけ。損させへんから」
「…な、」


「ほな、明日の退院のとき返事聞かせてなァ」そのままひらひらと手を振り、病室をあとにする。
 廊下を出てすぐ、死覇装の袴の脇に手を入れる。誰も歩いてないのをいいことに、はあーと溜め息ぶった声を出す。ほんま調子狂うわ。こんなとこで言うつもりなかったっちゅーねん。


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