こめかみにコンと何かが当たった。尖っていた気がしたけれど痛みはなく、机に目を落とすと、その正体が寸分の狂いもなくピンと折りたたんで作られた紙飛行機だとわかった。作成者は言わずもがな。こんなところで手先の器用さを発揮しないでほしい。自分の席でにやにや笑ってるだろう上官の顔はあえて見ず、「書き損じで遊ぶのやめてください」溜め息をついてそれを広げる。あとでまとめて処分する紙の束に積むのだ。
 表を上にし、折り目を伸ばそうとする手が止まる。ふっふっと得意げに笑う声が耳に入る。


「甘いなァ。書き損じてへんで」
「……」


 目に入ったのは縦書きで書かれた指令という表題。左下の末尾には総隊長の名前が記されていた。……正真正銘の任務指令書だ。


「大事な書類で遊ばないでください!」
「それギン連れて行ってき」


 少しも反省してる様子のない隊長は頬杖をつきながらそう付け加えた。紙飛行機作っておいて緊急の案件とは何事か。それならそれっぽく言ってよ、緊張感ってものがないなこの人…!文句を言ってやりたい気持ちを抑え、はいと返事し立ち上がる。机の脇に立てかけていた斬魄刀を引っ掴む。


「惣右介は俺とこっち行くで」
「はい」


 どうやら隊長たちも任務らしい。席を立つ二人が斬魄刀を腰に差すのを待たず、行ってきますとお辞儀をして執務室を飛び出した。
 虚の活発な活動は依然収束しておらず、警戒態勢は引き続き敷かれたままだ。五番隊も今は多くの小隊を現世の担当地区に配置させており、瀞霊廷待機の部隊は最低限に留められている。これで隊の上位四名が出払うとなるといよいよ空っぽになってしまう。負傷者もじわじわと増えており、このままの情勢が続くと厳しいだろうなと懸念する。


 そんな話を市丸くんとしながら現世に出る。指定された座標は都会から離れた農村を指していた。日は傾きかけており、橙の空が森へと落ちている。あと一時間ほどで辺りは暗くなるだろう。
 踏み固められた地面を歩きながら周囲を警戒する。少人数の任務は久しぶりだったので、単純な頭数の少なさに心許なく思う気持ちもあった。けれど上述した理由もあって文句は言えないし、何より相方は市丸くんなのだ。正直心強いどころの話じゃないだろう。振り返って後方を歩く彼の姿を見とめると、東の方角を見ていた市丸くんがふいにこちらに顔を向けた。


「三席さんとの任務初めてやね」
「あ、そうだね」
「楽しみやなァ」


 前言ってたことだろうか。市丸くんは以前、わたしと任務に行きたいと言っていた。そして過保護な隊長は、自分となら任務に出してくれるとも。前者については絶対本心じゃないと思っていたし、事実、実現したことに対して市丸くんは台詞ほど嬉しそうには見えなかった。至っていつも通り、目をにこにこさせて口角を吊りあげている。
 今わたしが彼と二人で任務に出ているのは人手不足が主な理由だろうけれど、それだけじゃないと思いたかった。任務に出してもらえるようになってしばらく経った。成長している自負があった。隊長が、今のわたしなら大丈夫だって認めてくれてるんだと思いたかった。だから正直、市丸くんがどう思ってようがどうでもよかった。
 隊長の見込みは正しかったと証明するためにも、この任務は確実に遂行しなければならない。改めて気を引き締め直し、携えた斬魄刀をいつでも抜けるよう手を添えたまま、霊圧探査に集中する。





 標的の出現はそれから三十分後、討伐はさらに三十分後だった。分身して撹乱する能力を持った虚に手を焼いたものの、徹底して足止めを担うことで市丸くんが本体を狙い撃ち、無事に任務を終えることができた。


「ありがとう市丸くん」
「お安い御用や」


 消滅していく虚を背後にピッと血を払い、斬魄刀を鞘に収める。妙に絵になる彼を横目に、早速穿界門を開く手続きを始める。地獄蝶を用い瀞霊廷からの応答を待ちながら、上がった息を整える。……よかったうまくいった。市丸くん本当に優秀だ。しなやかだけど力も強いし、状況判断が鬼のように早い。わたしいなくても終わっただろうな…。
 改めて彼の強さを見せつけられ後ろ向きになりそうになったけれど、我に返ってかぶりを振る。そうだ、隊長たちの方はどうだろう。心配は全然してないけど、最近みんな忙しいから休めてない。虚の大量発生の原因が謎な以上、この警戒態勢はまだ続くのだろう。早く日常に戻りたい。

 ふと、市丸くんは何をしてるんだろうと思い振り返ってみた。何のことはなく、さっきと同じ位置に立っていた。と思えば、こちらを振り向いた彼が、今しがた収めた斬魄刀を抜刀した。

 次の瞬間、背後に気配を感じ取り振り向く。が間に合わず、巨大な手によって叩き飛ばされた。木の幹に頭を強く打ち付け、受け身を取る余裕もなく地面に倒れ伏す。ぶつけちゃいけないところをぶつけたのか、四肢を動かすことができない。視界が急激にうねり狭まっていく中、見えたのは、木を遥かに超える巨大虚の姿だった。


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