「おはようさん」
「もうお昼なんですけど」


 間髪入れず返すも当の隊長はどこ吹く風とへらへら笑ったまま部屋に入ってくる。これ見よがしに口を歪めて非難めいた眼差しを向けるのも何度目か。しかし悲しいことに、隊長に響いたことは一度もなかった。

 性根とは真逆のまっすぐな髪を腰まで伸ばしうらやましかろうと言わんばかりになびかせるその人、平子隊長こそ我らが五番隊の頂点であり隊内のすべてにおける決定権者である。のだけれど、いかんせんホラ吹き・ワガママ・サボり癖というダメ上官の三種の神器を持ち合わせてしまっているため今となってはいまいち尊敬しきれないところが致命的な難点だった。要領がいいというか、卒がないところはすごいなと密かに思っているのだけど、その長所も手を抜く場面で発揮されてるように見えてしまうからもったいない。


「惣右介は?」
「お昼の休憩取ってそのまま任務に行かれましたよ」
「そーか。そんならと二人きりやんなァ」


「昼飯買うてきたからあっちで食お」目尻を下げた笑顔で応接用のソファを指差す隊長。片手には何やら見たことのない柄の小包をぶら下げている。壁に掛けられた時計を見上げると、たしかに午後の一時が近づいていた。そういえばご飯まだだったっけ。特に悩むことなく、お言葉に甘えてご相伴にあずかることにする。「はい」空になった湯呑みを片手に席を立つ。


「隊長もお茶でいいですか」
「ええで。おおきに」


 先にソファに座り小包を解いているらしい。それを横目に、流しの横の調理台で再度やかんを火にかける。戸棚から、今朝手を伸ばしかけてやめた隊長の湯呑みを取り出し、自分のそれの隣に置く。
 お湯が沸くまで手持ち無沙汰になってしまったので振り向くと、長机にお弁当の箱を置く隊長の横顔が見えた。


「隊長、午前中何してたんですか?」
「視察やな」


 やっぱりサボりだった。見慣れない小包からして瀞霊廷の新しいお店だろうか。まさか現世まで行ったんじゃあるまい。
 隊長は好奇心が旺盛なのだろう、現世や尸魂界を徘徊しては目新しいものを買うのが趣味だ。本人曰く「気に入ったから」らしく、例えば隊首室の蓄音機から流れる音楽は毎回違ったりする。


「視察もい……よくないですけど、隊長がいないとどうにもならない事務仕事がたくさんあるんですからほどほどにしてくださいよ。隊長の机に置いてある書類、全部そうですからね」


 指差した先を隊長が追う。副隊長が出立間際にどさっと置いていった山は嫌でも目に入るだろう。ここからじゃあ隊長の顔は見えないけれど、思いっきり歪んだだろうことを声音で察する。


と惣右介が見て大丈夫やったら通してええ言うとるやんけ」
「そういうわけにはいきません」


 隊長がわざとらしく溜め息をついたタイミングでお湯が沸いた。火を止め、急須に注ぐ。「まァ仕事のことは忘れて昼飯にしよ。海鮮丼やで」切り替えたような軽い声を耳にお茶を淹れ、今朝と同じようにお盆に乗せて運ぶ。向かい合う二脚のソファの間に低めの長机が置いてある。そこに並べられた二つの真四角なお弁当箱。ご飯の上に、赤々としたマグロのお刺身や海老、いくら、その他明るい色の海鮮が乗っている、見るだけで食欲をそそる逸品だった。思わず目が輝いてしまう。


「…おいしそう!」
「せやろ。めっちゃ繁盛しててん、買うの苦労したわ」
「でしょうねえ、最近できたお店ですか?」
「おォ。あ、場所は内緒やで」
「ええ、もう半日遊んでたのバレてるんですから秘密にする意味ないですよ」
「なーんで遊んでたって決めつけんねん!隊長が真面目に視察に行ってましたー言うてんのに」
「その言い方が嘘っぽいんですって」


 隊長の向かいに座り、湯呑みを置く。隊長は再度短くお礼を言い、割り箸を渡した。わたしも同じようにお礼を言って受け取る。


「いただきます」
「召し上がれ」


 追って隊長もいただきますと手を合わせ、お弁当箱を手に取る。醤油を垂らしたお刺身とご飯を一口口に入れる。美味しい。生魚久し振りに食べた。もぐもぐと咀嚼して、ごくんと飲み込む。「おいしいです!」「うまいなあ」そんなありきたりな感想を述べて二人へらへら笑う。
 きっと隊長が緩いからわたしも気が抜けてしまうんだろうな。隊長のこと、全然尊敬してないけど、こういう時間は妙に気楽だから不思議だ。


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