隊長と外を歩いていると、偶然六車隊長とお会いした。警戒態勢は数日経った今もなお解除されていないため、彼も例に漏れず斬魄刀を帯刀している。白はいないのか、とつい彼の周りを探してしまったけれど、聞くまでもなくいるはずがなかった。なので二人の隊長の挨拶に乗っかるのみに留めておく。


「おはようございます、六車隊長」
「おう。…て、真子おまえ、なんで三席連れてんだよ。副官は休みか?」
「惣右介か?」


 六車隊長の指摘に隊長とわたしが揃って首をかしげる。隊長のそばに控えるのは副隊長の仕事という話だろうか。それにしたって、六車隊長だって今は白を連れていないのだし、理由は明白だと思うのだけど。同じことを考えたのか、隣の隊長を見上げると目が合った。それから彼は六車隊長の方を向き、口を開く。


「惣右介は副官会議に行ってんで。白もやろ」
「……あ?」


 眉間に皺を寄せたまま訝る六車隊長。……あ、これは、わかってしまったぞ。やはり同じく察したらしい隊長もひくっと口角を上げ顎を引く。


「……ちゃうんか」
「あークソッ…あの馬鹿またやりやがった…!」


 怒りにわなわなと震える六車隊長に苦笑いを禁じ得ない。忘れてたんだなあ白。しかも常習らしいあたりさすがと言わざるを得ない。でも彼女はいくら怒られてもへこたれない強靭な精神力を持っているので、きっと大丈夫だろう。注意を受けてもケロッとしている白が容易に想像でき、ちょっと六車隊長に同情してしまった。


「白はどこに?」
「昼から見てねえ。どうせ流魂街にでも遊びに行ってんだろ」
「ならそのまま会議行ってるんとちゃう?」
「行くわけねえだろ。おまえんとこと一緒にすんな」


 妙に気迫のこもった否定に反論できなかった。とりあえず、もし本当に白が欠席していたら藍染副隊長に内容を聞いて後日九番隊に伝えに行くという約束をした。礼を言う六車隊長に、平子隊長はそっちも大変やなァと肩をすくめた。


「そっちはいいよな、副隊長がしっかりしててよ」
「九番隊かて、三席の…何やったっけ、あの坊主のおっさん」
「笠城のことか?」
「それそれ。ええやん。拳西の部下っぽくて」
「ンだそれ」


「まあうちの席官はみんな頼りになる奴らだけどよ」そう言って腕を組んだ六車隊長はどこか誇らしげだった。こないだの合同任務では席官の方達はいなかったから顔と名前はあまり一致しないけれど、真面目で堅実なイメージのある九番隊っぽい方達なんだろうと想像する。たしか五番隊から異動した人もいたはずだ。


「そうだ。三席」
「! はい」
「おまえがいたときの任務、久しぶりに楽だったな。白の世話丸投げできてよ」


 ニッと笑った六車隊長に背筋が伸びる。あの任務は、わたしが初めて三席として働いた任務といっても過言ではない。それを覚えていてもらえて純粋に嬉しかった。恥ずかしくて、俯いてしまう。


「こ、光栄です…わたしもあの任務はすごく、いい経験になりました…」


 お腹の前で自分の指を絡める。わたしにとっても特別な任務だった。あれがきっかけで、隊長に任務に起用してもらうよう進言できた。あの日白が呼びに来てくれなかったら、今ごろ自分が何を考えて働いていたかわからない。


「また気が向いたら頼むわ。白もうるせえしよ」
「は、はい!いつでも…!」
「ん。じゃ、行くわ。またな真子」
「……おー」


 隊長の横を通り過ぎていく六車隊長の後ろ姿を見送る。……六車隊長は、わたしを他隊の三席として見てくれるのがわかって嬉しい。白の世話係というのとは別に、三席としての役割を与えてくれるのだ。にやけそうになる口元を堪えると変な顔になってしまう。俯き、感動を逃そうと手を揉む。


「何もじもじしてん」


 気付くと近くに隊長の顔が見えた。背筋を曲げ、小首を傾げてこちらを覗き込む彼にぎょっと驚く。
 実は先日のリサとの一件以降、隊長といるとこんな感じになってしまうのだ。変に意識するのはよくないと思い心を殺しているのだけれど、不意打ちにはどうしても対処できない。隊長の距離が近いのなんて今に始まったことじゃないのに、いちいち動揺してしまう自分がいるのだ。どうにかしたいと思いながらも解決策は見えてこない。


「も、もじもじはしてないですけど」
「思いっきし拳西にしとったやん。なんや妬けてまうわ」
「い、いや」
「前も言うたけどなァ、頼まれたって九番隊には行かせへんからな!」


 ビシッと顔の前に指を差され目を丸くしてしまう。……異動とかそういう話、か?どきどきしていた心臓が勘違いだとわかり脱力してしまう。いやそもそも、何だと思ったんだか。
 わたしだって、頼まれたって異動なんてしてやらない。わたしは五番隊の三席としてこれからも励み続けるのだ。それでいつか、隊長に胸張って三席として認めてもらいたい。そう思ってる。
「はあ、」くせになった対隊長限定の適当な相槌をしながら、隊長が差したままの人差し指と自分の顔の間に手を入れる。隊長も勘違いだ。他隊の隊長に褒められるのは、五番隊の三席が務まるという自信の根拠になるということを知らないのだろう。


「六車隊長はぶっきらぼうですけど優しいですし、わたしを必要としてくれるのがわかって嬉しいんです」


 六車隊長に対して思っていることを口にする。異動はまったく考えてないけど、また九番隊と仕事ができたらとは思う。


「…そんなん俺の方が……」


 ぼそっと聞こえた声に、顔を上げる。隊長が何か言ったかと思ったのだけど言葉として聞き取れなかった。「はい?」聞き返すも、適当に誤魔化されてしまう。なんだか秘めたような声だと思ったけれど。五番隊舎へ足を動かし始めた隊長の横顔はすでにいつも通りに戻っていたため追及はできなかった。釈然としないもののおとなしくあとについていく。


「…にしても最近の意地っ張り治ってきたなァ思ててんけど、そないあらへんかったな」
「いじっ……張ってたつもりないですけど」
「またまたァ」


 ヘラヘラ笑う隊長に無性に腹が立ち、顔をしかめ口を尖らせる。わたしのこと何だと思ってるんだこの人。


「まー俺はどっちでもええんやけどな」
「な…」
「どっちもなことに変わりあらへんし」


 前を見ながらそんなことを吐く。斜め後ろから見る隊長の表情は至って静かで、茶化してる風でもなかった。だから尚更本心だとわかってしまい、言葉を飲み込む。ああやだ、また心臓がどきどきしてしまう。


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