「あたしもこのあと任務やで」


 八番隊のリサへ書類を届けたついでに、世間話の一環として現在護廷隊をにわかに騒がせている話題を振ると、そんな返事が返ってきた。


 先日の臨時隊首会で議題に挙がった案件というのがそれだった。隊長が言うには、ここ数日現世に現れる虚の数が増加しているらしい。ついては、以降数週間警戒体制を敷くとのことで、迅速な出撃を可能とするため瀞霊廷内における全隊員の常時帯刀が義務づけられた。また、各個の討伐任務が長期化しないよう、一般隊士が遂行し難い事案は速やかに隊長、副隊長によって始末すべしとのお触れが出たという。


「俺らの出番多くなんで惣右介ェ。よう準備しとけ」
「はい」


 五番隊士を招集し通達を共有したのち、執務室ではそんなやりとりが交わされた。隊長の仕事机の前に並ぶ副隊長を横目で見上げ、それから再度隊長を見据える。……きっとわたしに割り振られる任務も増える。気を引き締めよう、と腰に差した斬魄刀を確認するよう握りしめた。

 とはいえ、指令が来るまでは瀞霊廷内で待機なので、通常業務に励むことしかできない。隊長と副隊長は今朝から早速現世に出立したので、その分事務仕事の切り盛りはわたしに任されていた。今後もこういうことは増えるのだろう。


 ということもあり、他隊の様子が気になったので回覧物を八番隊舎に届けに行こうと外を歩いていたら偶然会えたリサに聞いてみたのだった。いつも小脇に抱えている本の他、斬魄刀が腰に差されている。そりゃー副隊長である彼女も忙しいはずだ。でもまさか、これから任務だったとは。


「うわ、忙しいのにごめんね…!」
「べつに大して忙しないで。基本的に平隊員出させとるし。あたしらは面倒ごとの後始末や」
「でも難しい案件なんでしょ?気を付けてね」


 ん、と軽く頷くリサ。隊舎が立ち並ぶこの辺りでは特に死神の姿は多く、行き交う彼らは忙しなく走り回っている。それを横目で見ながら、早く解散しないとリサの任務に遅れてしまうかな、と思った。


「あんたは?ちゃんと任務出てんねやろ」
「う、うん…あ、いや…?」


 つい顎に手を当て斜め上を見上げる。出てはいるけれど、副隊長曰く、隊長は席次に関わらず本人の実力に見合った任務を割り振っているわけだから、ちゃんと席次通りの任務を任されてるかと聞かれたら素直に頷けない。という事情を説明すべきか考え込んでいると、わたしを見下ろすリサは腰に手を当て、ふんと鼻を鳴らした。


「なんや。まだ大事にしまいこまれてんの」
「だっ…い、言い方…!」
「真子はずっとそういうつもりやったと思うけど」


 突然の爆弾発言にぎょっと目を見開く。いきなり何を…?!瞠目するわたしにリサは仏頂面のまま、一歩二歩と詰め寄る。反対に一歩二歩と後退するわたし。すぐに、真後ろの隊舎の壁にぶつかった。リサは退くことなく、顔を近づける。


「やけどが出たい言うからしゃーなしに出したってん。真子、あんたのお願いだけはできる限り応えたいから」


 俯く。心臓がどくどくと脈打ち出す。リサの言い方はまるで、隊長がわたしを特別扱いしているみたいに聞こえる。そんなわけない、とまず否定が湧き上がるのに、頭はすでに茹で上がりそうだった。頬は自然と真っ赤に染まる。顔を上げたら至近距離にリサがいるだろう。間近に気配を感じ取り、指一本動かせない。


「――って、あたしは思っとるけど」
「…え?」


 リサは覗き込んでいた姿勢からあっさりと背筋を伸ばした。その分距離が離れたため顔を上げることができる。見上げると、彼女はなんでもなさそうにツンと口を尖らせていた。


「あたしの想像や」
「……な、なんだよ〜びっくりさせないでよ!どきどきしたじゃんー…」


 なんだよリサの想像か!隊長がそんなこと言ってたのかとびっくりしてしまった。すっかり火照ってしまった頬を冷まそうと両手をパタパタ仰ぐ。いやほんと、恥ずかしいな。隊長がそんな殊勝なこと、あるわけないのに。ありえなさすぎて、つい、へへ、と苦笑いが浮かんだ。
 するとおもむろに、リサの右手が伸びてきた。それが、わたしの左胸に触れる。ひゅっと息を吸い込む。指先が触れるだけじゃなく手のひらを強く押し当てられ、突然のことにいよいよ硬直してしまう。息が止まる。


「ほんまや。なんや、満更でもないんやな」
「へ……」


 痛いほどではない、軽度の圧迫感に、ドッドッと心臓の鼓動が響く。リサの手にも伝わっていることだろうと、思う。
 目の前の状況に瞠目するだけで何も考えられない。「リ…」口をついた名を呼ぼうとした瞬間、右方向から二人の間を割るように腕が伸びてきた。
 その手に左肩を掴まれ、勢いよく引き寄せられる。誰かの胸に真正面からぶつかった。誰か。気配でわかる。


「リサ……おまえな…」


 隊長だ。抱き込められるように肩に腕を回され動けない。密着した身体がカッと熱くなる。さっきの比じゃない。


「なんや。女子同士の話ジャマすんな」
「おまえが言うても説得力ないわ…」


 呆れたような声音はいつも通りだ。隊長はおろかリサの顔も見られず、ただただ目を丸くしたまま身体を固くし、隊長の腕の中にいることしかできなかった。心臓の音がうるさい。これはまずい、隊長に伝わったらなんだこいつと思われる。どうしよう。


「……あんたがやってること、相当健気なんかもしれへんけどな」


 わたしの焦りをよそに隊長とリサの対峙は続く。彼女の声はどこか呆れを含んでいるようだった。口で息を吸うも、喉で支えて浅い呼吸しかできない。


「あたしには変態にしか見えへんわ」


「じゃ」簡単な挨拶をして、リサが遠ざかっていく。見えないけれど、足音からして間違いない。「言いたいこと言いよって…」はあ、と隊長が脱力したのもわかったけれど、依然わたしの硬直は解けなかった。

 ……隊長がわたしを任務に出したがらなかったのは、わたしが弱いからで、前三席の殉職があったからで、そこに深い意味はない、んだよ。何度も言い聞かせてるのに、心臓の音は落ち着かないし、密着した胸や腕ばっかり意識してしまう。


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