小隊は穿界門の前で解散した。いつもならこのまま執務室に戻るところを、お昼がまだだったため先に済ませることにした。食べたいものは決まってないけれど、最寄りの食事処が集まっている地区に行けば何かしら食指が動くだろう。時間帯的にご飯の時間は過ぎてるからすぐに入れるはずだ。 「あれ、三席さんやん」 何軒かのお店の前をうろうろしていると、向かいから声をかけられた。誰かを認識する前に顔を向けると、「市丸くん」死覇装姿の彼に目を丸くして、二人して道のど真ん中で立ち止まる。 「サボりやん。副隊長に言いつけたろ」 「どの口が」 呆れて肩をすくめる。告げ口は構わないけどそのときは一緒に怒られてくれるんだろうな市丸くんよ。任務が入ってないからって堂々と街中を闊歩する肝の強さに改めて感服してしまう。時間の潰し方が死神歴三年とは思えないよ、真央霊術院を一年で卒業した天才児は違うな。さりげなく非難めいた視線をやってるにもかかわらず頓着する様子のない大物の市丸くんは、むしろ得意げに口角を吊り上げた。 「ボクはええねん。しゃーないもん」 「ん?」 「ボクの任務、三席さんに取られてしもたもん。時間持て余してもしゃーないやろ」 一瞬納得しかけてしまった。市丸くんは以前までわたしの代わりに三席の任務を受けているという認識があったから、自分が任務に出るようになったら彼の仕事が減ってもおかしくない、と……そんなわけないのだけど。 「わたしまだ三席の任務もらえてないし。仮にやってても市丸くんには四席の任務が降りてくるよね」 「なんや、騙されへんの」 ケラケラと笑う市丸くんに脱力してしまう。市丸くんって身近にいる人の中でダントツに掴めない人だ。この人が本当に面白いことに笑ったり本気で怒ったりするところがまったく想像できない。いやもしかしたらこれが彼の素なのかもしれないけど。そもそもわたしなんかに理解されたくないか。 任務を拝命するようになってから、副隊長や市丸くんに感じていた後ろめたさや罪悪感を受け入れられるようになった。こんな大変なことを今までサボっておいて、そりゃあ駄目三席と思われても仕方ないよな、と。かと言ってへこへこしてもしょうがないので、これからは働きで応えていく所存だ。 「市丸くん、暇なら今度手合わせ付き合ってくれ」 「ええよ。先輩」 「ありがと後輩」 こんな軽口も叩ける。考えてることは一向に読めないけれど、市丸くんはわたしを見下してるのを隠そうとしないのでやりやすい。鍛錬場で市丸くんに軽く捻られる想像をして早くも悔しい気持ちになるけれど、きっと彼から学べることは多いだろう。 「先輩。あの団子買うてや」すぐ近くの甘味屋を指差す市丸くん。堂々とたかってくるな。いっそ清々しいほどの図太さだ。それとももしや、手合わせ料的なあれなのかな。まあお団子くらい、いいんだけど。 「いいよ。何本食べる?」 「二本。三席さんも一緒に食べよ」 「今甘いのの気分じゃないからいいや」 「つれへんなあ」 そんなやりとりをしながら甘味屋へ行き、お団子二本を注文する。お金だけ払って退散するつもりでいたのだけれど、「寂しいこと言いなや」と、意外にも同席を促されたため外の腰掛けでご一緒することになった。待っていると五分も経たないうちに緑茶と一緒に皿に乗ったそれが運ばれてくる。 つれないとかつれるとか関係なく、今は甘味よりご飯を食べたいがための断りにすぎないんだけどな。お団子が三粒通った串を取り、いただきますと口に入れる市丸くんを、温かいお茶を啜りながら横目で見遣る。 市丸くんはわたしよりやや背が低く見た目も若い。でもどちらも流魂街出身なので、見た目の年齢は当てにならないだろう。霊力があるからこの先どんどん当てにならなくなる。何歳?って聞いたところで意味のないことなんだよなあ。わたしも自分が、生まれてからいくつになるかなんて知らないし。お互い若くして死んだんだなってことはわかる。 「ボクの顔に何かついてる?」 「あ、ううん。ついてない」 「なんや。じっと見つめられたら穴空いてまうやん」 「またまた」 市丸くんという死神は子供みたいな無邪気な冷たさを持っている反面、妙に大人びた顔を覗かせる。特に何の感動もなくそれを見ていた。市丸くんとしゃべるのが気楽になったのはよかったけれど、そこまでだった。あるいは時間をかければ楽しくなるんだろうか。 「三席さんて、ボクとおるときとお友達とおるときと態度ちゃうねんな」 「ひよ里たちのこと?」 「そうそう」 「そりゃあ、ひよ里たちのことすきだもの」 「ひどいなあ。ボクのこと嫌いなんや」 「嫌いじゃあないけど…」 何の話してるんだろう。まさか市丸くんと好悪について話すようになるとは、思ってなかった。ずけずけモノを言う市丸くんに腰を低くする気にはならないので思ったことをそのまま言ってるのだけど、さすがに悪いだろうか。市丸くんこそわたしのことどう思ってるんだろう。あんまりすかれてる自信ないよ。 「じゃあ副隊長は?」 「えっ」 そういう流れになるのか。一方的に質問される立場に立たされていたことに気付き焦る。とはいえ、流れを断ち切る話術はわたしにはなく、正直に答えるしかなくなる。 「尊敬してるよ」 「なんや含みある言い方やん。副隊長のことも嫌いなん」 「え、違うよ。嫌うとこないじゃん。でも完璧すぎて非の打ち所がないのが、近くにいると緊張するんだよ」 「へえ?」 「市丸くんは緊張しない…んだよね。すごいな」 「どうも。べつに副隊長は怖ないと思うけどなあ」 「いや怖いとは言ってないけど…」 否定しながらも、図星かもしれないと思った。この間、市丸くんといたとき、副隊長に対して感じた危機感。あれはまさに、恐怖から来るものだった。まさか嫌いじゃないし、尊敬しているのも本当だけど、あの人も、市丸くんと同じように推し量れない何かを抱えているのかもしれないと、あのときは思った。 「三席さん、副隊長のことよく見てるやん。あかんなあ」 「え?」 「やあ、なーんも」 すごく雑に誤魔化された。でもすごく軽く口にしてたし、大したことじゃなさそうだ。気になりもしなかったので追及はしなかった。 「あ、どっちか言うと、怖いのは隊長さんの方やない?」 「え?」 市丸くんはそうなの?聞こうとしたときには、視界に入っていた。 「あ、隊長」 五番隊の隊舎がある方角から歩いてくる彼の姿が見えた。市丸くんから目を逸らし、身体を道へ傾ける。市丸くんも同じように振り向いたようだ。人に被って見えたり見えなくなったりするものの、隊長もわたしたちに気付くと目を丸くし、こちらに歩み寄ってきた。 「お疲れさまです」 「なんや、仲ええな二人」 「ええですやろ」 隊長を見上げながら、市丸くんは最後の一粒を嚥下すると、「ほなご馳走さま」と腰を上げた。いつの間に二本たいらげていたらしい。うんと返すと踵を返し、隊長が来た方向へ歩いていってしまう。残された二人でその背中を見送る。 「、」 「はい」 「……いや、なんでもあらへん」 「はあ…?」 歯切れの悪い隊長を見上げ首を傾げる。よくわからないな。まあよくわからないのなんて当たり前か。でもわからなくても隊長は怖くない。 お茶はもう飲み切った。ごちそうさまと呟き、立ち上がる。 「隊長、お昼食べました?」 「もう三時過ぎてんで。また食い損ねたんか」 「はい」 「しゃーないなァ。おごったるわ」 「やった」 拳を作ると隊長は「堂々とたかってきよんなおまえ」と呆れたように脱力した。きゅっと口を結ぶ。市丸くんのこと言えないかもしれない。 「どこがええん?」問いながら、市丸くんとは逆方向へ歩き出した隊長の隣に並ぶ。市丸くんはこんな隊長のことを怖いと思うのか。わたしは、もしさっきの流れで隊長は?って聞かれてたら、割とすきだって答えるなあ。と、考え至ったけれど、本人目の前には絶対言わないなとも思った。 |