言った通り、隊長は翌日からわたしを現場に配置してくれるようになった。平時の任務采配権は隊長にあるとはいえ完全に独断ということはなかなかなく、どこの隊も副隊長の意見を取り入れながら采配するものだ。うちもそうで、朝執務室に向かうと早速隊長から指令書を渡され、二人に見送られながら出立した。
 現世の駐在任務ならまだしも、単発の討伐任務であれば複数名で当たるのが普通だ。わたしの場合も必ず他の席官や隊士を連れていくため人手に心配はなく、標的の虚も手強いものの厄介なほどではないので何とかなっていた。もちろん市丸くんは普段からこれより面倒なものを任されてるんだろうから、達成感を感じてはいられない。

 ハッと顔を上げると、壁時計の長針がゼロを指していた。終業時間だ。急いで机の周りを片付け、席を立つ。


「お先失礼します!」
「おー。お疲れさん」


 かくいう今日は任務がなかったので終日書類整理をしていたのだ。溜まった回覧物の仕分けや報告書の作成に明け暮れていたらあっという間に一日が終わってしまった。
 この間から、早く任務の勘を戻せるよう、鍛錬に励むようになった。ひよ里やリサに時間を作ってもらい、鍛錬場で相手してもらっているのだ。小隊長の自分は報告書を作る義務があり、事務仕事も誰かがやらないといけないので完全には放棄できないし、鍛錬は終業後やるようにしているので単純に時間が足りなかった。でも全部嫌々やってるんじゃないからいい。むしろ楽しさすら感じていたので、充実している気分になっていた。鍛錬場へ向かう足も駆け足になる。


「張り切っとんなァ」
「討伐任務をもらえるようになって嬉しいんじゃないですか?」
「はー…あいつは現場志向やないて思てたんやけどな」


 頬杖をつき、わたしが出て行った入り口を見つめる隊長の目は、普段通りやる気のない眼差しではあったものの、どこか心配げであった、らしい。





 十二番隊舎に赴き、何やら怪しげな製作をしていた浦原隊長に挨拶をしてひよ里をお借りする。十二番隊も終業時間のはずだけれど、技術開発局員は労働中毒者が多いらしくこの時間でも絶賛営業中だった。部外者が長居するとよくないことに巻き込まれるとのことで、目が合うなりひよ里は白衣を脱ぎ捨て一緒に出てきてくれた。わたしの頼みなのに合わせてもらって申し訳ない。それを言うと、いちいち謝んなと鼻をつねられてしまうのだけれど。
 十二番隊舎の鍛錬場で竹刀での稽古をつけてもらう。白打・歩法も有りとしているので剣術以外で攻撃を食らうことは多々あり、素早い身のこなしが強みのひよ里を捕らえることは至難の業だった。一時間ほど相手をしてもらい、わたしの体力が尽きる頃休憩を挟んでもらう。ごろんと床に寝転がり、ぜえぜえと荒い呼吸を繰り返す。毎度のことながら身体の至るところが痛い。


「大丈夫か?」


 見上げると、竹刀を肩に担いだひよ里が覗き込んでいた。まだまだ余裕ありだ。わたしよりたくさん動いてるはずなのにすごいなあ、感嘆ばかりしてしまうよ。


「うん…」
、今日隙多かったで」
「ご、ごめん」
「最近急に張り切り出してんから身体ついてってへんのやろ。もうちょいペース考えや」


 ひよ里が隣に腰を下ろしたので、ゆっくりと上体を起こし体育座りをする。脇に竹刀を置いてあぐらをかく彼女の横顔を覗き込むと、どこか不機嫌そうに見受けられた。わたしが万全じゃないせいかも。ひよ里の言う通り、こないだより駄目だったと自分でも気付いていた。


「何か決まった時期に合わせて急いで調整しとるわけやないんやろ」
「うん…」
「任務失敗したんか?」
「い、いや」
「…まあ、強なりたいゆうんは、わかるけどな」
「うん」


 そう、早く実力をつけないとと思う。現場を任されるようになって、下位席官だった頃よりは難しい内容ではあるけれど、三席級ではないのは明らかだった。きっとそれを任されているのは今でも市丸くんだ。隊長はわたしにはまだできないと思っていて、その見立ては多分正しい。要するにわたしは、市丸くんの言う「過保護」から抜け出せていないのだ。折り曲げた足を抱え込み、太ももを胸にぴたりとくっつける。討伐任務が得意じゃないから、事務仕事に没頭してればいい状況に甘んじていた。三年間ずっとだ。そのツケを今、払ってる最中なのだ。


「鍛錬不足を痛感するよ。隊長のせいにはできない」
「ふーん。あのハゲのことなんか気にせんでええのに」
「気にするっていうか…」
「なんや話聞いてんと、真子のためにが頑張ってるみたいでおもんないねん」


 ひよ里へ顔を向ける。横顔はつんと口を尖らせ、拗ねているようにも見えた。


「そんなつもりじゃないよ」
「ならええけど」


 ハンッと鼻を鳴らす横顔を凝視する。……他の人から、そういう風に見えているなんて考えたことがなかった。いっそ感慨深いほどで、その感動のまま、ひよ里から目を離して鍛錬場の天井を見上げた。口が開いていたことに気付いたのは、しばらく経ってからだった。


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