真っ先に向かった家具屋ではベルくんが空っぽと豪語する部屋のあれそれを買い漁った。広さもボンゴレ本部にいたときの数倍だと言われ、いまいち想像がつかないながらもタンスやローテーブルを買っていく。ソファは一人掛けのだけでいいかと思ったのだが知らない間にベルくんが同じ種類の三人掛けも購入を決めていた。一応、ベルくんの部屋に置くのかと聞けば「んなわけねーじゃん」と即答される。一人部屋なのに必要なのだろうか、せっかくアジトに談話室もあるのに。
 ベッドも当然シングルを買おうと思っていたのに手を引っ張られダブルベッドのコーナーに連れて行かれた。頭にはてなマークを飛ばしながら、ペラペラと商品の案内をする店員さんと適当に相槌を打つベルくんのやりとりを聞いていた。決めたら声掛けるわとベルくんが店員を追い払ってようやく、彼に異議を唱えることができたのだった。


「わたしシングルでいいよ?」
「おまえの部屋行ったときずっと思ってたんだけど、ベッド小さくね?窮屈っしょ」
「それはベルくんが大きいからであってわたしにはぴったりだよ…」
「まーとりま試しに寝てみろって」


 背中を押され、渋々靴を脱ぎ一番近くにあったダブルベッドに乗っかる。
 乗っかった瞬間、これは高い。と思った。ふかふかなのだ。そりゃー当初から、新しいベッドはふかふかのにするぞ、とは意気込んでいたけど、これはわたしの想像の遥か上をいく柔らかさだ。なんだこのマットレス最高か…?!吸い込まれるようにごろんと寝転ぶ。枕も柔らかい。今すぐにでも布団に潜り込んで寝てしまいたくなる。
 そしてシングルでは味わえない広さ。お金のある人がダブルベッドで寝る気持ちがよくわかる。これは快適だ。「ど?いいっしょ」ベットに腰掛けたベルくんが得意げに笑う。


「…とても素晴らしい」
「うししっ。んじゃどれにする?結構いい感じだしこれでもいいと思うけど」
「んー…」


 ベルくんの部屋は100%ダブルベッドなのだろう。これを知っていたらわたしの安いシングルベッドを小さいまな板と間違えてもおかしくない。起き上がり、伸ばした足を曲げちょうど正座を崩した座り方になる。身体をひねりこちらに向いているベルくんと向き合う。
 彼の言う通り、このベッドは銀色のフレームに花の細かい模様が彫り込まれていて実にかわいい。マットレスもふかふかだ。でも。ちらっとフレームにかけられた値札を見る。逸らす。


「さすがに高いから他のにする」
「は?…。それほどでもなくね」
「それほどだよ!今日まだ買うのあるし一生物だとしても出費が大きすぎる」
「んなこと心配すんなっての。今日のは全部俺が買うし」
「へ」


 ベルくんは立ち上がるとそばに控えていた店員を呼び、なにやらてきぱきと話をつけた。また置いて行かれる気分になるも、いや待て!と勇んだときにはすでに話が着いていて、店員はとてもにこにこしながら下がっていってしまっていた。急いで靴を履くもなぜかうまく履けず手間取っていると、ベルくんがまた特徴的な笑い声をあげた。


「次どこ行く?」
「えっとカーテン…じゃなくて、」
「カーテンね。三階かな」
「わ、」


 そう言ってわたしの手を引き、有無を言わせず連れて行く。あれよあれよとカーテン売り場に着きあれよあれよとすきなカーテンを選ばされ、あれよあれよとベルくんが店員に繋げる。待ったも効かない。こうして結局、最後、全部をまとめた支払いもベルくんが済ませてしまったのだった。


「ねえいいよ、自分で買うよ」
「いーの。は黙って買ってもらってれば」


 店を出て大通りを歩く。外はすっかり暗くなっていた。これからどこかレストランに入って夕食を食べるつもりなのだ。しかしわたしはさっきから落ち着かずそわそわとベルくんをうかがう。


「だってなんで」
「じゃあ入隊祝い」
「大きすぎるよ!」
「俺はそれくらい嬉しいから」
「……」


 …そりゃー、ベルくんがわたしを引き抜こうと頑張ってくれてたのは知ってるつもりだ。よっぽど来てほしいと思ってくれてたんだろう、だから今日ようやくそれが実現してベルくんは喜んでいるのだ。それで、とても嬉しいからお祝いに、…いいやそれだけじゃなくて、もしかして彼は、負い目を感じているのではないか。むりやり連れてきたとでも思っているのかもしれない。それは大きな間違いだ、ベルくん。繋がれてない方と一緒に、両手で彼の手を握る。


?」


 きっかけがベルくんだったのは事実だ。きっと、いや間違いなく、わたしはベルくんがいなかったら、天地がひっくり返って異動の話が上がったってヴァリアーに行かなかった。でもそれはあくまで、ベルくんがいなかったらの話だ。ぎゅっと目をつむる。


「わたしも嬉しいから!」


 大声で叫ぶ。ベルくん、勝手に自分だけがとか思ってそうなんだもの。やめてよわたしだってベルくんと一緒の仕事場所に就けるの嬉しいんだよ、……ん?あれボスの部屋の近くでもそんなこと言ったような、あれ。「…さっきも同じようなこと聞いたし」やっぱりベルくんも思ってた。


「でも、…うん、もっと嬉しい」


 空いた手がこちらに伸びてくる。それがポンと頭の上に乗り、わさわさと撫で回される。「ベルくん、」「めちゃくちゃ嬉しーからやっぱ今日は俺のおごりな」結局折れてはくれなかったらしい。もうここまできたら勝てないだろう、今度ベルくんに何かいいものをお返しすることで妥協させてもらおう。わかりました、ありがとうございます、と手を離しながら頭を垂れると、彼も満足したように頷いてぼさぼさの髪から手を離したのだった。

 夕食も素直に奢ってもらい、イタリアのごちそうをお腹いっぱいに食べた。いつもベルくんとご飯を食べるときはボンゴレ本部の近くだったからヴァリアーの方では新鮮だった。こっちもいいお店がいっぱいありそうだ。お休みを使って開拓していけたらいいなあ。


「そろそろ戻っか。ベッドとかもう届いてんだろーし」
「うん!」
「もし届いてなかったら俺んとこで寝ればいいしな」
「またまたー」


 あははと笑いながらベルくんを見上げる。今日はベルくんずっと楽しそうだ。ベルくんが楽しそうだとわたしも楽しい。にこにこしながらヴァリアーのアジトへの帰路に着くのだった。
 途中一泊分の着替えやお泊まりセットを買って宿舎に着くと、案内された部屋の前で隊員二人が直立していた。それを捉えて、ハッとする。結局わたしは、他の隊員に部屋の片付けを任せてしまったのだ。バツが悪くてとっさに目を逸らす。


「ベッドとか来た?」
「はっ!指示の通り配置致しました」
「サンキュー。んじゃ今日はもう好きにしていいぜ」
「はっ!失礼致します!」


 ビシッと敬礼をした彼らに何度もお辞儀をする。すみません、ありがとうございます、すみません。謝罪と感謝を二対一の割合で述べると彼らは訝しみながらもわたしにもお辞儀をして去っていった。この女がただの隊員で、むしろ自分の方が先輩だし何も敬う必要がないことを知ったらどう思うだろうか。わたしだったらちょっと、はあ?とか思っちゃうかもだよ。「お、いい感じ」びくびくしているわたしを余所にベルくんが部屋を覗く。手招きをされ、おそるおそる入り口から顔を出した。


「…広い!」
「だから言ったっしょ」
「うわーすごい。ベルくん本当にありがとう〜…」


 すぐさま感嘆の声を漏らす。本当に前の部屋の二、三倍はある。広さだけじゃなく、内装も綺麗でわたし好みだ。この部屋にあるほぼ全てがベルくんからのお祝いだ。窓辺に置かれたベッド、一人掛けと三人掛けのソファ、ローテーブル、クローゼットの中にはタンスもあるだろう。全部全部大切にしよう、と心に決める。


「来てなくてもよかったけど、とりあえず今日は寝れそうだな」
「うん、幸せな睡眠時間を過ごせそうだよ、ありがとう」
「…どういたしましてー」


 わしゃわしゃとまた頭を撫でられる。もう遅いしと言ってベルくんも自室に戻るそうだ。何から何までお世話になってしまったな、と惜しみつつ、部屋の前で別れることにする。ドアを開けたまま手を振る。


「じゃあ、おやすみ。また明日」
「うん。また明日な」
「……」
「……」


 二人でにやっと笑ってしまう。それから同時にくすくすと笑う。


「いいねこれ」
「うん。サイコー」


 むずかゆい、幸せだと思う。この先何度もベルくんとこのやりとりを交わせると思うと、心配事は何もないと思えた。


top