「外堀二号」とのたまったベルくんが向く先には、銀色の長い髪をなんでもないように翻すスクアーロさんが颯爽と歩いていた。食堂をあとにして最上階のザンザスさんの部屋から降りてきていたわたしたちがただ今いるのは三階の伝達設備のあるモニタールーム前である。この階には幹部が寝泊まりしている宿泊棟と他の隊員のそれと繋がっている渡り廊下があるらしい。
 兎にも角にも、スクアーロさんの元へスタスタと近寄るベルくんに小走りでついていくとすぐわたしたちに気付いた彼は足を止め、険しい表情のままこちらに向いた。


「なんだぁ?本部の諜報員がなんでここにいる」
「今日付でヴァリアーに異動。ボスにも許可取ったから」
「あ゛ぁ?」


 ザンザスさんのときと同じような眼差しを向けられる。今度は品定めというより怪訝をあらわにした視線だ。例に漏れずすぐ逸らし、でも今度はベルくんに頼るまいと、繋いでいない両手でぎゅっと拳を作る。「です。よろしくお願いします!」怖くて顔を上げられないから勢いよくお辞儀をする。


「…ベル、公私混同はほどほどにしとけよぉ」
「うん?」
「俺は知らねえぞぉ。おまえが面倒見るんだろうな」
「当たり前っしょ。俺の部下だし」


 はあ、と大きな溜め息が聞こえる。怒られはしなさそうだ、とおそるおそる顔を上げると、思った通りスクアーロさんは呆れた顔でわたしを見下ろしていた。


「異動証書はちゃんと出しとけよ」


 そう言い残し、元の進行方向へ去っていってしまった。とりあえず追い返されなくてよかった。ほっと胸をなで下ろすと、隣でベルくんが特徴的な笑い声を漏らした。


「うししっ…あんなこと言っといて、あれで面倒見いいからな」
「え、そ、そうなんだ…」
「でも頼るのは基本俺な。スク先輩もオカマも使えるっちゃー使えるけど、何かあったら全部俺に言えよ」
「…うん、ありがとう!」


 同い年なのにベルくんの頼もしさは尋常じゃない。細かいことは何も考えずにこっちに来ることを頷いてしまったけれど、ベルくんはそんなところも完璧にフォローしてくれる、ありがたい存在だ。わたしも頑張らねば。「お、外堀三号」意気込んでいるとベルくんが後ろを向いてそう呟いた。くるっと振り返ると、今度はレヴィさんがこちらに向かってずんずんと歩いてきていた。どう見ても何か用がある様子だ。な、なんだ?あわあわと挙動不審になるのはわたしだけで、ベルくんはもちろん堂々と構えている。


「ベル、今日の任務報告がまだだぞ」
「あん?あーハイハイ。それよりこいつ。今日からこっち異動してきたから。俺の部下な」
「なんだと?貴様、公私混同はよせと常日頃から…」


「ボスの許可は取ったけど」あんな形相で来られたら委縮せざるを得ないと思うのに、やっぱりベルくんはすごい。同じ幹部だから来る余裕なのだろうか、できることなら見習いたいものだ。さっきと同じようにベルくんが伝え、わたしが挨拶をする。ベルくんの言葉で納得を見せた様子のレヴィさんは顔を上げたわたしをじろっと見たあと(しかしザンザスさんほど怖くない)、フンと鼻を鳴らした。


「せいぜいボスの力になるよう尽力することだな」
「は、はい!」


 背筋を伸ばし返事をする。去り際ベルくんに報告書の件を再度催促し去っていったレヴィさんもわたしの中のやや怖い人リストに追加させていただく。思った通り、ヴァリアーは怖い人が多い。ボンゴレ本部に怖い人がいなかったかと言えば全くそうではないけれど、そこら辺を歩いている隊員さんたちも顔つきは怖い。ここでやっていける自信が高速で鉋ですり減らされていく感じがする。わたしベルくんに誘われなかったら絶対来てなかった。


「あとはマーモンとフランだけど、あの二人確か任務だった気がする」
「おお…先に街行った方がいいかな」
「そだな。まああいつらも今さら外堀埋めるまでもねーし」


 そう言って階段へ踵を返すベルくんのあとについて行く。金塗装の手すりの螺旋階段を降りていくとすぐに玄関が見えた。と、「お」「あ」ベルくんとほとんど同時に声を上げる。玄関で部下数名を前にし何か指示をしているのはフランくんとマーモンではないか。タイムリーだけれど何やら取り込み中の彼らにどうしたものかとベルくんをうかがうと、彼は足を止めることなくその集団に近付いていった。


「じゃあそういうことでー解散ー」


 お、ナイスタイミング。フランくんの気だるげな号令で彼らの部隊はすぐさま散っていく。自分たちに向かってくるベルくんに気付いた隊員たちは各々ビシッと挨拶を決め、逃げるように姿を消した。そんなのには目もくれず一直線に近付くベルくんに、その場に留まったままの二人もすぐに気付いたようだった。


「やあベル。がこっちに来るなんて珍しいね」


 マーモンとフランくんに挨拶をし、本日五度目となる異動報告をベルくんがしてくれる。さっきベルくんも言っていた通りこの二人とは他の幹部の人たちと比べまだ交流がある方なので、わざわざ名乗る必要もなく緊張感というのもあまりなかった。「へえ、ようやくかい」興味深そうな感想を述べたマーモンとは反対に、フランくんは表情を変えないながらも口からは毒を吐く準備をしていたようだった。


「うわー本気ですか。血迷いましたねー」
「え」
「捕まっちゃったんですね、ベル先輩に」
「オイてめー何が言いてーんだよ」
「ご愁傷さま」


 ナム、とわざわざ仏教のお経を唱え手を合わせるフランくん。その頭の被り物の上にマーモンがちょこんと乗っかった。そういえば二人は同じ霧の属性だし、ヴァリアーに来て日の浅いフランくんはマーモンと仕事で組むことが多いのかもしれない。ともあれどうリアクションをしていいのかわからないわたしはどもってまともな返事をできなかった。すぐに拝み終えたフランくんはやっぱり気だるげな顔のまま、抑揚のない声でコメントを付け足す。


「この人めちゃくちゃ面倒くさいんでーうっかり殺されないようにしてくださいねー」
「殺すのはおまえだよっ」
「う゛っ」


 一瞬の早業でベルくんのナイフが三本、フランくんの腹部に刺さる。ひっと肩を跳ねさせてしまうがしかし、フランくんは何ともないように「図星突かれたからって八つ当たりしないでください」とか何とか言いながらそれらを抜いて床に放り投げていた。おそらく幻術が絡んでるんだろう、フランくんはこの手の攻撃が効かないらしい。何度も見た現場だけれどなかなかえげつない絵面で未だに慣れない。


「チッ…刺さったんなら死ねっつの」
「ベルたちはこれからお出かけかい?」
「…そ。の部屋の家具買いに行くの。クソガエルうぜーしさっさと行こーぜ」
「え、あ、うん」


 うまく仲裁してくれたのか、マーモンはこの場を収めると手を引くベルくんとわたしをいってらっしゃいと送り出したのだった。


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