ヴァリアーのアジトにはあまり馴染みがなかったので、周りをきょろきょろ見回しながらベルくんのあとについて行っていた。まずはボスに報告だと言ってまっすぐアジトの最奥へ向かう中何人かのヴァリアーの隊員とすれ違う。幹部のベルくんが誰かの手を引く図が物珍しいのかわたしたちに気付くたび目を丸くするのだ。なかなかこういう風に目立つ経験がないので居た堪れない。とにかく顔を伏せ、ベルくんの足を追っていた。





「ボス、引き抜いてきた」
「ああ?」


 ベルくんがドアを開けたタイミングで目の前を何かが勢いよく飛んで行った。その衝撃音を追うと壁にぶつかったあと鼻血を出して気絶している隊員が見えた。で、デストロイ…。ハルちゃんからうつった言葉が頭で再生される。顔には出たけれど口には出ていないだろう。挨拶もなしに簡潔な事後報告をしてみせたベルくんもわたしの硬直には気付いていないようだった。不機嫌をあらわにするヴァリアーのボスの殺気を感じ取り、自分に向けられているわけじゃないのに震え上がる。急いで向き直り、ピシッと背筋を伸ばす。「これからお世話になります!」しかしわたしの誠意は空振りをすることとなる。ザンザスさんは無言でわたしを品定めするかのように睨みつけた。こ、怖い。びびりのわたしは一秒も見ていることができずに目を逸らす。


「俺ちゃんと面倒見るから」
「フン。…勝手にしろ」


 助けを求めるようにベルくんの手を握っていたことに気付いたのは彼がそう口を挟んでくれてからだった。しかしその台詞には違和感を覚えずにはいられない。興味なさげに鼻を鳴らしたザンザスさんに頷いたベルくんに、行こ、と再度手を引かれ外へ引き返す。ボス相手に異動報告がこんな簡素でいいものなのかと思わざるを得ないけれど、今はベルくんがわたしの指標だ。ベルくんについて行くしかない。


「次アジトの説明ね。すげー広いから多分覚えきれないと思うけど」
「うん、…ねえベルくん、わたしペットじゃないよ」
「は?」


 ベルくんが口を丸く開け立ち止まる。「何言ってんの?ペットなわけねーじゃん」それは、わかってるんだけれど。でもさっきの物言いはまるでそれを飼う許可を親に取る子供の台詞ではなかっただろうか。わたしはあくまでヴァリアーの一員として異動…したんだよね。なにぶん詳細を聞いてないから自信がなくなってしまったのだ。


は俺の部下だし」
「…あ、そういう意味か!」


 しかし疑問はすぐに解決した。なるほど、面倒見るっていうのは上司としてという意味か。ヴァリアーの組織構造がどうなっているのか知らないけれど、思いっきり戦闘要員のベルくんの下に諜報員のわたしが配属されることもあるらしい。なんか変なこと言っちゃったな、と一人恥じ入る。ペットとか自分で言うなよっていう。


「ペットも悪くねーけど」


 思わずギクッとする。「ごめん忘れてください…」「やだ」どこか楽しそうに言ったベルくんは空いた方の手をわたしに伸ばした。「いたっ」おでこの衝撃に思わず目をつむる。でこぴんされたのだ。


「うししっ。そんじゃまず五階からね」
「う、うん…なんかベルくん、やけに楽しそうだね…」


 ツナくんの部屋を出たあとからずっと早足だし、話し声もやたら楽しげだ。繋がれた手もずっと離れない。ベルくんは基本的に楽しそうにしてることが多いけど、今日は程度がいつもより強い気がする。「そりゃーな」自覚があったらしい、ベルくんはすんなりと肯定した。


「これからとずっと一緒にいれると思うと楽しくてしょーがねえの」


「……わたしも!」思わず叫ぶ。それには少し驚いたようだったけれど、すぐにベルくんは満足したようにわたしの頭をわさわさとなでたのだった。


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