とある酒場に半日潜り込んだ甲斐あって欲しかった情報は手に入った。あとはこれをツナくんに渡せば今日のところは上出来だろう。録音機をジャケットのポケットの中で転がしながら鼻歌を歌う。任された仕事が珍しくスムーズに終わりそうで上機嫌なのだ。にこにこしながら廊下を歩いていくと、ボスの部屋はもう目と鼻の先だ。ツナくんは今晩キャバッローネに出かけるらしいから今は書類整理に追われていることだろう。右腕の獄寺くんは確かフランスに行ってるし、あとでお茶持ってってあげようかなあ。
 そんなことを考えていると、ボスの部屋から誰かが出てきたのに気付いた。目立つ容姿は一目でわかる。ヴァリアーのベルくんだ。


「ベルくん!久しぶりー」
「よ、久しぶり」


 両手を胸の高さで振って挨拶するとこちらに歩いてきた彼もつられるように軽く両手のひらを見せる。向かい合ったところでお互いの手をパチパチと合わせるとなんだか子供みたいで楽しい。なかなか会えるものでもないし、このあと暇ならどこかご飯でも食べに誘おうかな。合わさった両手を見ながら考えていると、ふいにベルくんの手がずれた、と思ったら指の間に彼のそれが入ってきて、ぎゅっと握られた。どきっとする。


「…あ、ベ、ベルくん、」
「ちょっと来てくんね?」
「うん?」


 左手は離れ、右手は握り方を変えて手を引かれる。向かう先はボスの部屋だ。目的地としては何も変わっていないけれど、ベルくんは何か用事があるのだろうか?思いつく間もなくそこへ到着し、奥でよくある社長イスに座っているツナくんと目が合うと苦笑いされた。二人で彼の前に並ぶ。わたしたちを見上げるツナくんが、どこか申し訳なさそうに口を開いた。「…に異動の話があるんだ」それだけでピンときた。勢いよくベルくんに顔を上げる。


「ベルくんまだ言ってたのか!」
「当たり前っしょ。やっと頭かてーボンゴレのボスから許可出たの。あとはが頷けばオッケー」
「ほんとごめん…嫌なら断っていいからね。俺だってはここにいてほし、」
「うっせー。ボンゴレは黙ってろ」
「う…」


 ベルくんと彼に押されるツナくんを順番に見る。ボスになって二年経って貫禄も出てきたと思ってるけど、まだベルくんたちには頭上がらないか…。ツナくんとは守護者のみんなほど長く接していないながらも、彼は人望があるので自然と人が付いてくる人間だと思う。本人曰く中学時代はダメツナと呼ばれてリボーンのスパルタ教育を経てなんとかここまで来れたと言っているけど、獄寺くんなんかはツナくんのことを全力で慕ってるし他のみんなも彼を好いていて信頼しているのがよくわかる。そういう十代目ボスの織り成すボンゴレが、わたしは結構すきだった。みんないい人ばっかだし、ツナくんを中心に広がる輪っかの一部になって、嫌なことはもちろんあれど、毎日楽しい。

 そして、輪っかの一部になったおかげで知り合えたベルくんの存在もわたしの中では欠かせなかった。ツナくんが正式にボスになったと同時にイタリアに来た二年前、そこで初めてベルくんと会った。ヴァリアーのこともその幹部のベルフェゴールという存在ももちろん知っていたけれど、実際会ってしゃべってみたらやけに楽しかった。多分同い年だったのがよかったのだろう。わたしもベルくんも近くに同い年というものがいなく、(少なくともわたしは)とても気楽に話すことができたのだ。
 それからというものの、時折連絡を取っては出かけたりわたしの部屋でごろごろしたり、なんでもない時間を共有してきた。もちろんマフィアとしてペーペーのわたしは経験値を上げるため要領悪くあちこち奔走せざるを得なかったし、天才と謳われるベルくんはあちこち引っ張りだこで任務に当たっていたからそう多くは一緒にいられなかった。部屋のテレビで映画を見ている最中にベルくんが呼び出されて帰っていくことは何度もあったし、わたしも報告ミスで獄寺くんに怒鳴りつけられに泣く泣く出向くこともあった。
 そんな風にベルくんとの親交を深めて行く中で、いつ思いついていたのか、彼がわたしの異動を考えていることも知っていた。ずっと前に聞かれたときはびっくりして、ちょっと考えてすぐ、ヴァリアーに自分は合わないよと本音を言った。だからベルくんはツナくんに直談判という方向に転換したのだろう。その現場を目撃したことはなかったけれど、どうやら本当に長い間ツナくんにかけあっていたらしい。そしてその許可が、ついに降りたのだ。


「早く、


 繋がれた手に軽く力が込められる。隣のベルくんを見上げる。
 ……こんな理由で頷くのはだめかなあ。仕事だしなあ。でも、ベルくんと一緒にいれたらますます頑張れると思うのは、本当だ。


「うん、行く」


 視界の隅に映るツナくんが、まるでわかっていたというように笑った。


「よし、じゃ早速行こ」
「え!待ってわたしもいろいろ準備が、荷物とか、」
「あとですればいーじゃん。アジト案内すっから」
「わ、わかった」


 手を引かれるが踵を返すすんでのところで本来の目的を思い出し、「ツナくんこれ!」録音機を机の上に置いた。「あ、うん、ありがとう」「わたしこそ!…あとでちゃんと挨拶するから!ありがとう!」ほんとはお世話になったツナくんにもっとしっかりとお礼を言うべきだったけれど、どうやらベルくんがお待ちかねらしい。ぐいっと引っ張られ部屋を出て行く。「ベル!書類はちゃんと提出してよ!」ツナくんの声にベルくんは短く返事をして廊下を歩いていく。慌ただしい、嵐みたいだ、と思ったらベルくんが嵐属性なのを思い出して妙に納得してしまった。
 スタスタと長い足で進んでいくベルくんにやや小走りで付いていくと、いつもより早くエントランスを抜けアジトの外に出た。まだ日は高い。暖かい春の日差しが降り注いでいた。ふと立ち止まったベルくんを見上げる。


「許可もらったのに、なんか駆け落ちしたみてー」


 ボソッと呟いたベルくんに素直に喜んだわたしは大概幸せボケしているのだろう。思わずにやけてしまうのを抑えて、繋がれた手を握り返した。


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