滝口さんが放課後奈美ちゃんを待つのは付き合ってからも変わらないらしい。けれどいつもこの曜日には彼女はいないから完全に油断していたのだ。サッカー部が休みの日、綱海にどうしてもと言われ購買でアイスを奢ってもらった月曜日のことだった。

栗味のカップアイスを選び、綱海もバーアイスを買って教室でのんびり食べていた。今日はまりちゃんと帰ろうと思っていたのだけど部活で急な用事ができてしまったらしく断られ、そこにタイミングよく綱海に誘われたので乗っかったのだ。今頃まりちゃんは頼りにならない部長と言い合いを繰り広げていることだろう。頼りになりすぎる彼女を来年何としてでも部長にしようと同学年は必死らしいが、本人は乗り気じゃないらしい。そんなことを綱海に話す。彼とは前からも世間話をしていたので、本当に前と変わらない間柄が続いていた。「あいつ大物になりそうだよなー」カラカラと笑う綱海に笑いながら頷く。今までのお礼に奢らせてくれなんて言われたときは何事かと思ったけれど、なんとも義理堅い綱海らしい。初めて挑戦してみた新しいアイスは期待通りおいしくて満足だった。席を立ちカップと綱海の分の棒を捨て、また戻ろうと踵を返した。


「あ、綱海だ」


その声に足が止まる。教室の入り口から顔を覗かせたのは、なんと滝口さんだったのだ。彼女の綺麗な髪が揺れる。途端に、心臓が掴まれたように気持ち悪くなった。


「おう滝口」
「サッカー部休みなのか。…あ、ちゃんもやっほー」


二人でいるところを見られてしまった、違う、せっかく二人でいたのに来ないでよ?多分どっちもだ。地に足がつかない感覚がする。どうしよう。彼女に手を振られ既視感を覚え、前にもこんなこと…と現実逃避をしている間に、滝口さんはわたしと綱海を交互に見て、それからふわりと笑った。


「そういえば二人仲良いよね。あ、もしかして付き合ってたり?」
「え、」
「ちげーよバカ、が俺のことなんかすきになるわけねえだろー?なあ?」
「あ、うん、そうだよー」
「そうなの?」
「うん。…あ、そうだ、帰んなきゃ。じゃあね!」


痛い。心臓が痛い。自然に見えるよう振舞って、キュッと踏み出し教室を出る。「?!」綱海がわたしを呼んだけれど無視をして長い廊下を早歩きで進んだ。鼻がつんと痛くなり、涙で視界が滲む。自分の恋が成就するなんて思ってなかったくせに、恋愛対象ですらないことにこんなに傷ついていることに驚きさえする。綱海がわたしを見てないなんて当たり前のことだ、それなのにとんだ自分勝手だよ、わかってる。


!」
「!、(ついてくんな!)」
「おい待てって!カバン!なに手ぶらで帰ろうとしてんだよ!」


まさか追い掛けてくるとは思ってなく、わたしは反射的に駆け出した。どうしよう、泣いてるとか綱海に知られたくない。綱海からしたら意味わかんないよ。けれど圧倒的な脚力の差にすぐに距離は縮められてしまうだろう、焦ったわたしは咄嗟に、目についた女子トイレに逃げ込んだ。


!…おいー…」


個室の手前の手洗い場、壁で陰になっているところに身を隠す。綱海は女子トイレと廊下の境界線以上に入ってこれないから、わたしの姿は見えないだろう。いきなり走り出したせいで息が弾んでいた。落ち着かせ、冷静に思考を巡らせようとする。綱海は参ったようにその場に立ち尽くしているようだった。

……滝口さんじゃなくて、わたしの方に来てくれた。追い掛けてきてほしくなかったはずなのに、その事実が嬉しかった。現金な女め、心の中で散々罵倒する。落ち着けるはずが、今度は悲しいのと嬉しい気持ちがまぜこぜになって涙が流れた。ほっといて先帰って、って綱海に言わなきゃいけないのに、声が出せなかった。