一番恐れていたことが起こった。


「おめでとーよかったねー!」


少し離れたところで繰り広げられるその光景の意味を理解した途端、視界が狭くなっていくように感じた。悪い意味で地に足がついていないみたいで、手も震えてる。どうしよう、と思ったけど、わたしにはどうしようもないということはわかっていた。この事実を受け入れる他ない。クラスメイト六人ほどが教室の中心で固まって、男女二人を祝福している。その二人とは、滝口さんと、


「にしても、滝口が八重すきだったなんて知らなかったなー」
「あんまり大きい声で言わないでよ…」
「照れてる可愛いー。八重幸せ者だねー」
「おまえらなあ、あんまからかうなって」
「まあまあ!」


八重くん、彼だった。二人は付き合い始めた。…………これ、夢じゃないの。夢でも悪夢ってレベルなのに、現実だなんて。思わずパッと顔を背けると視界は入口付近に切り替わる。
一瞬心臓が止まった。そこには、たった今教室に戻ってきたのであろう、綱海がいたのだ。昼休みになってからさっきまで、教室を離れてどこかに行ってたのに。最悪のタイミングだ。何もこんな大盛り上がりしてるときに帰ってこなくたって。こんな、祝福の雰囲気に包まれてるときに。指先が冷えていくのを感じた。
すぐにグループの中の男子が、立ち尽くしている綱海に気付いて手招きをした。今彼らが何で盛り上がっているのか、綱海はもうわかっているのだろう。こいつら二人付き合いだしたんだって、水臭いよな、綱海も何か言ってやれよ。手招きした男子の言葉を理解するのは酷くつらくて時間が掛かった。そして横顔しか見えない綱海が、間違いなく笑ってなんかいなかった彼が、むりやり笑顔を作って口を開くところを、わたしは何もできずに見ていた。


「まじかよ。滝口に八重はもったいねえなー」


その言葉に、グループのみんなが笑った。滝口さんは笑いながらなにそれ失礼ーとか言っている。ばかやろう、失礼なのは、……………。違う、誰も失礼なんかじゃない。滝口さんは八重くんをすきで、八重くんも滝口さんをすきだったから二人は付き合うことになったんだ。二人はごく一般的な男女間のプロセスを経て結ばれたんだ。綱海は駄目だった、滝口さんとはその関係を築けなかった。恋愛で全員が報われるなんて、そんな上手い話があるわけない。わたしが綱海の心に入り込めなかったように、成就しない恋だってごまんとある。


「なんかうちのクラス、クラス内カップル多いよね」
「…そうだね」


他校に彼氏のいるまりちゃんは他人事みたいに言う。実際他人事だった。わたしにとっても他人事だけど、綱海にとっては他人事じゃない。彼は今きっと、体の一部分をもがれたような痛みを感じていることだろう。綱海のことを思い遣るだけでもこんなに痛いのだから、本人はもっとつらいはずだ。グループの輪に入ってしまった彼の顔はもう窺えない。今見えるのはいつもと同じに見えるだけの後ろ姿だった。わたしはほとんど泣きそうだっただろう。


(綱海……)


思わず駆け寄って、彼の斜め後ろで立ち止まる。ここのクラスは仲がいいから、たとえこのグループに属してないわたしがここに来ても別段おかしくはない。それに相手は綱海だ。綱海が誰と話しててもおかしくないのだ。軽く腕を叩く。


「綱海」
「ん?おお。…どうした?」


至って普通の調子で、しかしはっきりと悲しげな色を浮かべる彼の目を見るのがつらい。