6 「連絡先?いいと思うよ。一応本人に聞いてみるね」 「ありがとー!」 お昼休み、倫ちゃんに頼むと快く承諾してくれた。携帯のロックを解除しスラスラと操作していく倫ちゃん。荒船くんに聞いてくれてるのだ。にこにこしながら隣でそれを見ていると、摩子ちゃんがタコさんウインナーを箸で器用に摘みながら(摩子ちゃんのお弁当は彼女お手製だ)、わたしに意味深な視線をくれてるのに気が付いた。 「ねえ、ずっと気になってたんだけど」 「ん?」 「って荒船くんのことすきなのよね?」 ほっ?思わず背筋をピンッと伸ばしてしまう。目はまん丸だ。摩子ちゃんは意味深な視線をキープしたまま器用にパクッとタコさんウインナーを口に入れてもぐもぐと咀嚼してるし、倫ちゃんはというとピシッと一瞬硬直したと思ったらすぐに「摩子ちゃん…!」と慌てたように軽く握った手を口にやっていた。普段この場がのほほんとした空気感なのもあってギャップがすごい。ちょっとした混沌状態といえるんじゃないかとも思う。そんな客観的な視点から状況把握したわたしは、かといって冷静なわけでもなく、今も摩子ちゃんの口から出た言葉にびっくりしたままだった。 「えっ…と…荒船くんを、わたしが?」 「そう」 「……おお」 それは、思ってもみなかったなあ…。なぜだか感慨深いとも言えるリアクションをしてしまう。倫ちゃんは依然慌てたように「な、何となくだけどね、二人でときどき話してたんだ」と唐突な摩子ちゃんへのフォローをしていた。とにかく、倫ちゃんも前から同じことを思ってたらしい。全然気付かなかった。何て言えばいいのかわからず、そうなんだあ……と返してしまうわたし。それにさらにハッとした倫ちゃんは、わたしと携帯を交互に見たと思ったら、電子機器の方をバンッと机に置いた。わたしに詰め寄る。 「わ、わたしは荒船くんと何にもないからね!同じ隊ってだけだから!」 「し、知ってるよー」 「倫ちゃんずっと気にしてたもんね」 「あはは…」 摩子ちゃんの台詞に照れくさそうにはにかむ倫ちゃんがかわいいと思う。そしてそんなことを気にさせてたことに今気付くという失態に申し訳なくなる。そっか、わたしが荒船くんをすきで、荒船くんと同じ隊の倫ちゃんを面白くないと思ってるって思ったんだ。でも、倫ちゃんには悪いけど、それは杞憂というやつ、じゃないかなあ? 「、荒船くんの話よくするじゃない?」 「え、そうかな?」 「そうよ」 「そんなことないと思うけど……ごめん、わたしそういう意味で荒船くんすきとは思ってないや」 「えっそうなの?」 今度は倫ちゃんと摩子ちゃんが目を丸くする。うん、ともう一度頷くと二人で目を合わせる。……なんか、すみませんねえ。ある種の期待を裏切ったのかもしれない。荒船くん、荒船くんかあ……荒船くんといえば、帽子被ってると印象変わるよね。あとお好み焼きがすきだから雅人くん家の常連さんだ。知り合ったのもそこで。進学校に通うインテリさん。雅人くんなんかじゃ到底太刀打ちできないくらい頭がいい。あとは、なんだろう。色々しゃべってるんだけどなあ。 「わたしたちてっきりそうだとばっかり」 「ね」 「あ、でもほら、って無自覚なとこあるし」 「摩子ちゃん?!」 「って影浦くんが言ってたわ」 「雅人くんめ!!」 何てこと言いふらしてるんだ!バンッと机を叩くと倫ちゃんが苦笑いする。 「でも本当に、前にちゃんがボーダー入りたいって言ったの、荒船くんがいるからだと思ってたし」 「え?!ち、違うよー…!それに言うなら、雅人くんとの方が仲良いよわたし!」 おとといも遊んだことを根拠に、胸に手を当て言い切る。それにちょっとした快感を覚えていると、倫ちゃんは目をパチパチ瞬かせたあと、少し考えるそぶりを見せ、うかがうようにわたしと目を合わせた。 「影浦くんとは……友達でしょ?」 それもそうだ。 結局二人には最後まで反抗して、「本人が言うならそうなのかな」とまとめさせるに至った。ついでに荒船くんからの返信も来たらしく、わたしは晴れて彼の連絡先を入手することができたのであった。概ね平和な昼休みである。 お弁当を食べ終わったわたしは昼休み残り十分という現在、トイレを済ませて教室に向かっていた。廊下は時間帯もあって生徒の姿は多く、三年にもなれば知った顔も多いけどやっぱり顔も名前もわからない人が一定数いた。 その中で、よく見知った後ろ姿が一つ。 「雅人くん!」 大きめの声で呼ぶとピクリと反応する彼。視線には気付いてたはずだから、わたしだって気付いたって意味だろう。隣を歩いていた穂刈くんが先に振り返って、軽く手を挙げて雅人くんと別れる。あれ、べつにいいのに、と思った瞬間、いや穂刈くんに聞かれるのはちょっと気まずいぞと気付いて彼の判断に感謝した。のっそりと嫌々振り向く雅人くん。相変わらず目つき悪いんだもんなあ。人を避けながら駆け寄る。 「何だよ」 「ちょっと聞きたいことがあって!」 それもわかってるだろう。だってわたしたち、遊びたい以外に用がなければ話し掛けないもんね。でもいつもみたいに、今日ボーダーある?って聞きたいんじゃないよ。「ねえ」雅人くんの金色の目を覗き込む。とても知りたいことだったのだ。 「わたしって、荒船くんのことすきなの?」 「……ハア?」 知りたい。わたしは自分のことを隅々まで、よく知りたいと思ってる。「摩子ちゃんや倫ちゃんが言ってたの」付け加えて彼の反応を見る。自分で考えても心当たりがなくて、心当たりがないから二人には否定してしまったけど、実際はどうなんだろう。わたしはっきりしたことならわかるし口にもしちゃうけど、こういうことはちょっと、不得手らしい。感情の機微というのは言葉としてしか知らない。大雑把な感情分けは、ありきたりな言葉でしか表現できなかった。 だから雅人くんに教えてほしい。自分でもわかるくらいに今、彼へ期待の眼差しを向けていたのだろう。 だから、まさか、ぎゅうと、雅人くんの顔がしかめられて驚いた。 「バカ。俺のクソ能力当てにしてんならどっか行け」 「周りの目もうぜえし」そう低い声を吐き捨てた雅人くんは、呆気にとられるわたしに舌打ちをして、すぐにC組の教室へ入っていってしまった。もうすでに姿は見えなかった。 「……あ、」 そっか。自分以外に向けられた感情はわからないか。今さら気付いて心が気持ち悪くなる。 悪いことをしたと思った。体質のことなら一緒に十七年生きてきてとっくに理解してたのに、ああ。 くるっと踵を返し、自分のクラスに戻る。誰の顔も見たくなくてうつむいて歩くとすぐ人にぶつかった。それでも懲りずリノリウムの床を視界に、わたしは歩を進めるのだった。 君の言う通り、当てにしてた。雅人くんに答えてほしかったのだ。君が答えてくれたら、はっきりできると思った。雅人くんの言うことは手放しで信じられるから。 どくどくと気持ちの悪い鼓動は治まらない。意図せず怒らせた、いや、大丈夫だ、よね。きっとそんなにおこってないよね。だって雅人くんわたしのこと嫌いじゃないもん。おとといだって雅人くんはわたしを追い返そうとしなかった。嫌われてはない。その確信だけが、このときのわたしを無事に歩かせていた。 |