大事なのは一瞬にも勝る一途の愛」>>



半助の母親は小学校の教師だった。それを追い掛けるように彼もその道を辿り大学は国立の教育学部の初等教育学科に進んだ。わたしも同じ大学なのだが、キャンパスは人が多くて約束なしで出くわす確率はほぼ皆無だ。学科が違うので半助と会うことは滅多にないと授業が始まって一週間でわかった。
大学に入ってスマートフォンに変えたわたしたちはメール一号も電話一号もお互いだった。黒のボディに黒のカバーケースをつけよく言えばスタイリッシュ悪く言えば地味なそれを扱う半助の指はわたしを苗字で呼ぶみたいにぎこちない。しかし今回はわたしにも言えることだった。
どちらも三限で講義が終わり三時前だったのでどこかカフェにでも行こうと半助を誘いに、三限の授業の教室を聞いたわたしは待ってるように言いそこへ向かった。スタバにしようかドトールにしようか、そういえばスタバはおいしそうなフラペチーノが増えたからそれ飲んでみたいなあ。

前も言ったが半助はかっこよくて性格もいいからもてる。高校の卒業式のあと、クラス会まで出た半助はその日だけで五人から告白されたらしい。わたしも元々目星はつけていたから片っ端から聞いていったら明確な返事はしなかったけど嘘をつくのが下手だからすぐわかった。クラス内では二人だったけどそのあと更にあの手この手を使って問い詰めたら最終的に他クラス含めて五人と白状した。このやろう。
教室に着いて廊下で半助を待つ。ぞろぞろ知らない人が出てくるのを見るのは目が合って気まずいから意味もなくその人たちの靴を眺めていた。マンウォッチングならぬシューズウォッチングである。それをしばらくしたあと「お、」わたしのために声が降ってきて、顔を上げると半助がいた。三歩近づいてきたところで彼の靴を見てみたけど何の変哲もない茶色の靴だった。明日になったら忘れそうな。


「すまない、待たせたな」
「んん。あのさ」
「あ、土井くん、シャーペン忘れてたわよ」


透き通った、でも芯のあるその声に振り返ると、紺色のワンピースを優雅に着こなした美人が立っていた。半助のクラスの人だろう。…え、同い年?この人が大学一年生?


「えっあ、ありがとう山本さん」
「いいえ。というか、山本二人いるんだからその呼び方変えてって言ってるじゃない」
「はは…どうも苦手で」
「名前呼び?」
「うん」
「そう。でも困るのは私と加代子ちゃんだわ」
「何か策を考えておくよ」
「そうしてちょうだいね。…ところでこの子は誰?同じ高校の子?」


彼女は半助に問い掛けながらわたしに向いた。マスカラをやっているのがわからないくらい綺麗な睫毛だ、お化粧がとても上手いのだろうか、それとももともと薄化粧なのか、わからないほどナチュラルに美しいと思わせる。


「ああ、幼なじみなんだ」
「あら。私は山本シナ。よろしくね」
「あ、え、です」
「何学部?」
「教育です」
「一緒ね」
「あ、学科は違うので…」
「あら残念。幼なじみなんだっけ?」
「はい」


山本さんはわたしの目をじっと見つめたあと、ふわりとにこりの中間、どっちとも取れるような笑顔で「いいな、わたしも可愛い幼なじみほしかったわ」と言った。


「じゃあね、ちゃん、土井くん」
「あ、ばいばい」
「さようなら、」


ひらりとワンピースをはためかせて去っていった山本さんの優美さにぽけーっと当てられていると半助が「名前かあ」と困ったように頭を掻いたのが見えて我に返った。見上げると本当に困った顔をしていた。そうだ半助のクラスには山本が二人いるから何とかしないとって話してた。


「まあ極力呼ばないようにすればいいか」
「…半助ってコミュニケーションのことになると途端に逃げ腰だよね」
「なっ!そんなつもり…あるけど」
「ほら」


わたしを苗字呼びにすることにしたときもそうだった。他の人にはばれてないけど多分、特に女の人にこいつはてんで弱い。たじたじだ。…まあその点ではわたしは例外だけど。恐らくこいつ、大人な女性に弱い。長年観察してきたから間違ってない。山本さんもすごく美人で大人なオーラを漂わせてるから弱腰なのだ。
でもいつまでもここに突っ立って悩まれても困るので半助の二の腕辺りをポンと叩いた。「そのことも一緒に考えてあげるから」


「どっかカフェ行かないっすか」


ただ半助と話したいという理由だけど、そう言うと彼は目をぱちくりさせて「いいぞ」と答えた。用事がないと100パー乗ってくれる優しさに涙が出そうだ。


「どこがいい?」
「とか言って、はスタバがいいんだろう?そこでいいよ」
「え」


わたし何にも言ってないけど…なんでスタバ?首を傾げると半助も傾げる。


「ん?新しいの出たろ、CMでやってたし。知らなかったか?」
「え、知ってる…」
「なんだよ。だからチャレンジしてみたいだろうなーと思ったんだが」


え!


「そっそう!飲みたかったの!」
「だろー?」
「すごい半助!」
はチャレンジャーだからな、今日俺も誘おうと思っていたし」


心臓がばくばく言って苦しい。そんなこと言って半助は何がしたいのか全然わからないけどたぶん期待するのはよくないってわかってる。こいつは何も考えてないからそんなことさらっと言えてしまうのだ。シャイだから、きっと、わたしの妄想通りのことを考えてるんだったら考えすぎて何も言えない奴だと思うのだ。そうやって必死に言い聞かせるのが悲しい。